「本当の顔」 01/07/07

心密かな私の自慢は、定年や左遷の心配もなく、自分の心掛け一つで死ぬまで掲げ続けられる「本当の顔」を持っていることです。

 もう一つの顔は、高度経済成長時代の初期、1962年に総合商社に勤め始めた時からできたサラリーマンの顔です。もちろんその頃は、この顔が唯一の自分の顔だ思っていました。その顔で、子会社を作ったり転職したりしながら高度経済成長が可能にした消費社会の進展に貢献しましたが、28年で返上しました。その後、9年前から大垣女子短期大学のデザイン美術科で教鞭をとるようになり、またいずれは返上することになる顔を掲げてしまいました。2年前から学長となりましたが、学生のために存分につくせない自分になった、と気づいた時はこの顔は降ろすつもりです。

 サラリーマンの顔を返上した翌1986年、私は「アイトワ」という会社をつくり、「ライフスタイル・コンサルタント」と称する仕事を始めています。狙いは、一人でも多くの人が「本当の顔」を持ちたくなる社会を提唱したかったからです。

 近年、私は本当の顔で紹介してもらう機会が増えました。「40年かけて森をつくった森さん」とか「筋金入りのエコロジスト」など少し照れくさくなるような呼びかたで紹介されます。妻も今は「森の精の小夜子さん」とか「人形作家森小夜子」など本当の顔で呼ばれるようになっていす。もちろん妻は、今も「森さんの奥さん」というもう一つの顔も立派にこなしています。

 私たち夫婦は京都の奥嵯峨、「小倉百人一首」で有名な小倉山の麓にある3反(約1000坪)の土地に住んでいます。私は18歳の時に、追い詰められるような心境になっており、この荒れ地の開墾を始めています。20歳の時に、あることがきっかけとなって植樹に手を着け、今では大小取り混ぜると200種1000本の木が茂り、菜園もある庭になっています。もちろんこの庭は、28年間のサラリーマン生活と両立させてつくったものです。自分たちの出す生ゴミやし尿を肥料にする有機農法で、半自給生活を目指し、住んでいるだけで豊かになる庭、循環する庭を作ろうとしてつくりだしました。だから私たち夫婦にとっては一つの小宇宙のような庭です。

 妻は30年ほど前からこの小宇宙に飛び込み、主婦業や私の年老いた両親の面倒をみながら庭宇宙を管理するパートナーとなりました。その後、20年余り前から人形の創作活動を始め、今では「人形作家森小夜子」という誰にも剥奪されることのない本当の顔を持ち、定期的に個展も開けるようになっています。

 私たち夫婦は、毎週1日か2日は庭宇宙の手入れに当てます。7月1日の日曜日は、その日でした。妻は下草刈り、私は今伸び盛りの淡竹(はちく)の刈り取りです。邪魔なところに出た若竹がまだ柔らかい間に切り倒し、繁殖を抑えるわけです。今年は、例年より早く、6月1日に最初の淡竹の筍を収穫しました。最後の筍は6月23日に収穫しており、その日は7組の夫婦が東は東京から、西は九州から我が家に参集し、「味は淡竹」と言われる筍三昧のパーティを開きました。

 これから時々「アイトワ」から庭宇宙の近況などをお知らせし、本当の顔を持つ楽しさや意義をお伝えしたいと思っています。ちなみに、「アイトワ」とは、「愛とは?」「愛と環」「愛永遠」の3つの意味を込めて私たち夫婦で創った造語です。




このサイトへのご意見、ご感想などは、staff@shizen.ne.jpまで