「少数民族」01/11/05

 アイトワの人形展示室は、ときどき知人や知人のご紹介者の個展に使われます。この度は少数民族の衣装展でした。苗族という中国の雲南や湖南省などの山奥で生活している人たちの服飾を研究・収集している人のコレクション展でした。

 会期中のある日、織物や染色などに詳しい友人夫妻が訪ねてくれました。彼は商社の偉い人で、和装部門もある京都支店長を勤めたこともあり、染や織あるいは刺繍や絞りなどにとても造詣の深い人です。その彼が、展示してあった衣服や生地を見て舌をまき、「知らなんだなあ」と大きな声を張り上げました。「どうやって染めたんでっしゃろな」と鮮やかに染め上げた草木染の刺繍糸に思いを馳せたり、「この絞りは大変なもんでっせ」と不思議がることしきりでした。

 ひと通り見学し、興奮からすこし覚めたところで、「それにしても」と彼は話題を少し変えました。どうしてこのような気が遠くなるほど緻密で均整のとれた刺繍ができたのか。あるいは作る気になったのか、との関心です。母親や祖母の見よう見まねでさまざまな草木を用いて色糸を染め、単調な反復作業を繰り返し、めいめいの女性が膨大な手間や時間をかけ、自分や夫や子のために独特の衣装を創出したわけです。

 彼は単に商売が上手な人ではなく、歴史や文化にもとても造詣の深い人です。だからこうした少数民族が凶暴な民族に追いやられ、どのような過酷な条件の下で生活をしていたのか、と言ったことはたちどころに想像できる人です。
 「だから出来たんでしょうな」と彼はつぶやきました。見つかれば攻め滅ぼされる。食料も思ったようには作れない土地で、文明から孤立した。要は欲望を解放する余地の極めて少ない条件の下で持続性のある生き方を編み出し、肩を寄せ合って生きていた。だからこそ逆に覚醒する智慧や感性を人間は持ち合わせているのではないか。それらの智慧や感性が固有の美意識や価値観を編み出させ、文化を花開かせたのではないか。

 彼の学生時代は安保闘争などで騒然としていました。彼の過去を知る人は、どうして彼が一流企業に就職し、出世できたのか、不思議がるほどの筋金入りの闘士でした。損得とか世渡りなどには智慧を振り向けず、何かを守ろうとして猪突盲進する人でした。今から思えば、それほど純に何かを思い詰めたり愛したりするタイプの人でした。
 「分かるなあ」と彼はぽつりと言ったあと、暫く寡黙になりました。彼の世代には、だから芸術や工芸などの道で生きることになった人が大勢います。

 そう考えてみると今の子どもたちは可哀相なのかもしれません。少数民族が没頭したような作業など苦痛か退屈以外のなにものでもないと見がちです。なのに、なかには毎日毎日あきもせずに電車の中でまで小さな鏡に覗き込み、眉毛を抜いたり付け睫をつけたりしています。やがては社会にでてお金のための労働に駆り立てられ、そのお金で毛染めや化粧、グルメやスリルなどに走り、欲求不満をつのらせることになるのでしょう。欲望の解放は万人共通ですから誰にでも触発できそうですが、人間の解放は個別的で多様なだけに目覚めぬままに死んでしまうこともありそうです。

 問題は今、少数民族が工業文明と接触し、民族衣装を売ったお金でトレーナーやポロシャツを買い求め始めていることです。万人共通の心に火をつけ、工場で作られた既製品に憧れ、単調な反復作業を伴う創造的な活動を退屈に思う価値観や美意識に換えてしまうのではないでしょうか。それは環境破壊への第一歩のように思われます。

妻はしばしば苗族をテーマやモチーフに選んできましたから、一緒に人形を並べさせてもらっていました。
妻の人形とこれらの刺繍は様々な点で共通しているようです。
まず、人の顔と同じで、2つとして同じものはありません。

気が遠くなるほどの緻密さと正確さを伴った手作業から生まれた生地。
めいめいの女性が、夫や子あるいは自分のために作った生地ですが、衣服となり立体化すると一段とはえます。
それぞれの体型など立体を思い浮かべながら刺繍や絞りをしたのでしょうか。

↓権力者からのがれ、部外者に気付かれないことを願って山奥に住みながら、どうしてこのような手の込んだ塔 を競ってつくり、村人だけで用いていたのでしょうか。昨夏、訪れた時に、不思議に思いながら撮影しました。それだけ自分の心や自分たちを大切にしていたのかなあ。



↑石材がいっぱいある地域に住み着いた少数民族は、家屋を石で作っていました。柱も壁も屋根を葺くのも石でした。橋や塔あるいは女性がつくる刺繍や絞りと同じで二つとして同じものはありませんでした。


こうした橋も、妻の人形と同じで、いずれもが設計図や見本もなしにつくられています。
心の中の「何か」に命じられるままに没頭して作るのでしょう。その「作る」と「内発的な何か」の合体が創造、「創る」に結びつくのでしょうか。

topへ戻る

このサイトへのご意見、ご感想などは、staff@shizen.ne.jpまで