弓月と踏み石 03/04/01
「弓月」京店に妻と出かけました。築後百年以上の町家をギャラリーに改装した友人が「さくら」をテーマに和の世界を展開していました。奥座敷でお茶をご馳走になったり踊り場という言葉の由来を奥さんに教えてもらったりしました。友人は近未来の「粋」の世界を追求しています。これまでの社会を支配してきた力に代わる新しい力の創造でしょう。権威や経済などが支配する世界から自己抑制を伴った精神が生み出す「美」が支配する時空への転換を願い、「意気」が「粋」を生み出そうとしている、と感じました。
北野の天満宮を通って弓月を訪ねましたが、帰途は西芳尼寺の裏を通って北野踊りの歌舞練場の前にでました。この尼寺にある一本の椿を妻に見せたかったのです。『庭宇宙』というエッセーを共著で出しましたが、千利久が400年ほど前に植えた椿を「遠慮椿」という題でとり上げています。実はその一枝からとった数本の挿し木が、今わが家の温室で花をつけています。尼寺の大木は露地ですから未だ蕾の状態でした。
近頃、私は庭仕事に一人で没頭しています。妻は京都大丸での個展を5月に控えながら教室展を3月に開きましたからとても忙しそうで、工房に引きこもりがちです。その創作時間を増やすために私は風呂焚きを代わったり、創作意欲を高めるために会話の時間を増やしたりしています。就寝前の私の飲酒時間を、妻にとっての会話の時間に生かすわけです。テーマは様々で、ある夜を例にとれば、庭で咲き始めた花やイラク問題などの時事だけでなく、一人では出来ない庭仕事の相談、あるいは私が山口県からの来訪予定者を話題にすると妻は新たに知ったアクセル君の履歴を教えてくれました。私の庭仕事は風邪のために能率が上がっていませんが、元気な妻の方はいつものようにこうした忙しさの中から意外な作品を生みだしそうな勢いです。
アクセルは流し雛のように箱に入れられて川に流されていた雑種の小犬で、とても素早く走るのでアクセルと名付けられたそうです。私が珍しく風邪で寝込んでいた間にその主が連れて来られたようです。事前にもらっていたメールには来訪の下りはありませんでしたが、アイトワの空間と拙著について「共通する心地よい緊張感、あるいは緊張感の中の安心感」といった下りがありましたので、なぜか面談したくなっていたのですが残念でした。山口県から京都までの切符をすでに買い求めている人があり、実家のお父上が田仕事や大工仕事が大好きだとか。ひょっとしたら、この庭の仕掛けというか目には見えないようにしている工夫まで見通されるかも知れません。そこに、心地よい緊張感、あるいは緊張感の中の安心感を見いだしていただけると楽しいことでしょう。
近いうちに妻を助手にして計画している危険な庭仕事があります。一昨年、20メートル近い幾本かの櫟の大木の上3分の2を切り取って薪にしましたが、訳あってこの頭を切り取った櫟に再び鋸を入れる仕事です。一つの理由は、そうしておけば後々の剪定が楽になりますし、もう一つの目的が果たせるからです。後者についてはいずれ触れます。
この1週間の庭仕事は、鉢植えのサクラソウなどの土替え、夏野菜の畝作りやポットへの種まき、アスバラガスやニラなどの畝の除草、そして今の内に済ませておきたい力仕事でした。今ならまだ重い石が持てますから、安い輸入の御影石を買い足し、雨の時にぬかるんだりする小径に踏み石を敷いたりしました。かつて私は「バーゲンハンター」という言葉を造りましたが、その言葉を思い出しながらの力仕事でした。
雨のときなら誰の目にもその価値が見える踏み石です。この小径は薪を満載した一輪車を風呂場まで操りますから、踏み石の置き方を工夫しています。一度妻に一輪車を操ってもらって石の置き方を修正するかもしれません。それが、さらに加歳して非力になった時の私にも都合がよいはずです。この踏み石のようにあるに越したことがないものが大安売りされると私はまとめ買いし、うまく生かして生涯大事に使うようにしています。
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「弓月」を訪ねる道中の北野天満宮で撮った写真です。境内では梅が満開でした。妻の和服は、先週失った私たち共通の友人、アイトワ塾の塾生の一人が整経した反物を仕立てたものです。竪褄(たてづま)と袖口に一本の縞が入っていますが、肉眼ではよく見えるのに、拡大鏡で覗くと逆に縞が見えなくなるから不思議です。冴えた整経の術が忍ばれます。
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「弓月」のギャラリーの一角に粋な着物が展示されていました。この2階の一室の手前、階段を上がった所に板の間があります。そこは、このお茶屋に呼ばれて来た芸者さんや舞子さんが一舞いして見せたところで、踊り場と称されていました。京のお茶屋にはつきものの空間でしょう。
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今年の「フキノトウ茶漬け」です。毎年1度は作ってもらいますが、今年は友人と一緒に食しました。茶漬けと呼んでいますが、お茶ではなく昆布出汁を注いでいます。昆布茶でも代用できます。フキノトウは山葵や焼きのりと相性がよいのでしょうか、目にも心地よい色彩の取り合わせですが舌や鼻にも適度な刺激が混ざり合って魅力的です。今年は日の菜の漬物とキャラブキを添えてくれました。
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居宅と菜園を結ぶ近道には急な坂があり、この坂の下に野外で宴を開く櫟林があります。この急な坂も、雨が強い時は小川のようになって土を流し、滑りやすくなって危険でした。そこで、この際にとばかりに御影石を敷きました。この坂は、薪を積んだ一輪車を押し上げたりしますか できるように、足場にする自然石を埋め込む工夫をしました。
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