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晴耕雨工と拙著の宣伝
04/04/04
週の初めから庭仕事がはかどりました。好天と援軍のおかげです。その女性は31日まで逗留し、庭仕事を手伝ってくれました。関西を訪ねた主目的は、広島での仕事と借家を引き払い、心機一転しようとしているからです。27日も、空家探しのために「奈良方面に来たので」と話していましたし、29日も出かけましたが、あとは頼んだ庭仕事などを黙々とこなしてくれました
日曜日は、午前中をつかって表通りに面したモミジの片並木の落ち葉掃除でした。これまでは泊りがけで遊びに来た学生に、数名でしてもらっていた仕事ですが、彼女は一人で片付けました。暮に彼女が来てくれたらしてもらう予定でしたので放ってあったのです。私の朝一番の仕事は、門扉脇の生垣の補修でした。サザンカの生垣が少し痛んでいましたので新たな苗木を追加しました。昼前には別の援軍を得て、太い松の枝を落しました。先週、高いハシゴを頼りなげに登っている私の姿を見た義妹が、娘とその婚約者を差し向けてくれたのです。午後は、前回の松の枝と一緒に彼女と二人で薪にしたり庭掃除で出た残滓を燃やしたりして焚き火場の周りをきれいにし、夕刻は都城から送ってもらったコイモの植え付けで締めくくりました。
アケビが元気に新芽を出していますし、他にも新芽が食材になるカンゾウ、コゴミ、ワラビなども先週から出始めています。コゴミは今年も収穫を控え、幾株かを他の場所に移植する予定です。庭の樹木が大きくなるに従って日陰が増え、直射日光を好むワラビやヨモギの住み心地が悪くなり、半日陰を好むコゴミやツワブキとか種で好きなところに移動するハルジオンや丈夫なドクダミなどを野草料理の主役に据えなければならなくなりそうだからです。
野小屋の周りの整地をしました。野小屋は、高さ1メートルほどの崖に接して建っていますが、その崖の裾を少し削り、削った土を反対側の傾斜地に移し、一輪車が通る小径を造ったのです。過日、野小屋の崖側の壁面に、折りたたみ椅子を収納できるようにしましたが、その出し入れが楽になりました。崖を削ったり、削った土を運んだり、石を運んで石垣を組んだり、そこに土を入れて踏み固めたりするミニ土木工事でしたが、援軍の彼女は見事に役割を果たしました。
丹波町で2000万個の卵を焼却処分し始めました。養鶏業再開のためのイメージアップでしょうが、それは問題の先送りだけでなく、卵や石油などを無駄にし、空気を汚して炭酸ガスを増やしたり同じ問題が生じた時の悪しき前例を作ったりするだけではないか。せめて、加熱処理などをして飼料とか肥料などに生かす道を探るべきです。さもなければ、同じ問題が再発しないようにすべきです。それは、生き物や食べ物を工業製品のように扱うことをやめる方向に踏み出すことでしょう。数日で工業製品を世界中に移動させる貿易システムに、人間の手では制御しきれないウイルスや細菌を抱え持ちかねない生き物や生の食べ物を載せるのは危険です。『次の生き方』では「身土不二」の考え方を大切にしようと呼びかけています。これまでのやり方では、問題を次第に大きくするイタチゴッコに人類を陥れかねないでしょう。「文明のジレンマ」です。
1日の木曜日は大垣に出かけ、循環型社会の形成を提唱したりした功績を、市長はじめ大勢の方にねぎらってもらいました。金曜日は、「いくよ・くるよのおしゃれ専科」という朝の地方ラジオ番組に出て、拙著『次の生き方』を宣伝させてもらいました。午後は、陳さんの家族を迎えました。2日間逗留します。土曜日は臨時のアイトワ塾でした。短大での最終講義をビデオで再現し、それを肴にして庭での水炊きパーティでした。観光から帰ってきた陳さんたち母子にも合流してもらい、興をそえてもらい、かくして1週間を締めくくりました。平凡社から届いた見本刷りを皆さんに紹介することもできました。
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私には手出しができなかった松の枝(黄色で囲んだ)を、三段式ハシゴを完全に伸のばして登って切り落してもらいました。高いところで徒長した太い枝です。私は下で、ハシゴを安定させたり、落ちてくる枝が下の立木や花を痛めないように制御したりする役割を担いました。
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野小屋の東側に石を積んで土を入れ、一輪車を通し易くしました。その土は、この小屋の裏側の崖を削ったものです。結構な大仕事でした。しばらくの間は、崖の表面の土が雨で流れ易くなるでしょうが、その内に木や竹の根が張り、草や苔が生え、表面を安定させることでしょう。
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新芽が美味しいアケビですが、そのアーチを通して見たミツマタの花です。今の庭は、沈丁花やミツマタなど香り豊かな花や、美味しいエディブル(食べられる)フラワーで満ち溢れています。桜だけでなく、桃やモクレンなども満開ですから、色彩的にもとても賑やかです。
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手作りのランタンです。市場に気に入ったデザインのランタンが見当たりませんので、30日の雨の時間を活かし、廃材とガラスと電気コードなどを活かし生み出し、残っていたペンキを塗り、ハッピーが切ってしまった古い鎖を使ってぶら下げました。鎖は焚き火で焼いて鍍金をはがし、気に入ったように錆びさせました。
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オブジェも作りました。立ち枯れた木や間伐した木の残り物は積みあげて堆肥にしますが、腐らずに残っていた残骸を生かしたわけです。ローラン王国などシルクロードの遺跡からも、こうした腐らなかった木がよく出土しています。きっと妻は、民族衣装姿の人形をディスプレイする小物として活かしてくれることでしょう。
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今年も野生のユキモチソウ(サトイモ科)が花をつけました。去年の今ごろ発見し、お伝えしましたが、まだイモが小さいようで雄花だと思われます。やがては、イモが太り雌花(種を結ぶ)を咲かせるようになるでしょう。 |
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陳さんは総統選挙の投票で帰国していたのですが、お母さんや妹さんたちを連れて再来日し、観光案内の途上で立ち寄ってくれました。わが家は花菜のシーズンですが、エディブルフラワーのサラダは始めてとのことで楽しんでもらいましたし、大垣など西美濃の人たちの目に触れやすいタウン誌に載る著書紹介の原稿にも喜んでもらいました。
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