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佳子さんと名もない苗木 05/05/01
わけがあって古い郵便物の整理をしたのですが、1985年の暮れまでの幾つかの手紙の束から、松平佳子さんという天才的なピアニストの私信とか招待状が次々と出てきました。ある約束を交わしていた女性です。彼女はフランス・クリダというピアニストと二人でわが家に遊びに来たこともあります。クリダさんは世界的なピアニストで、女性には弾きにくいといわれるリストの全曲を、女性としては世界で初めて弾きこなした人です。その人が、「佳子は天才的なピアニストだし、一緒に連弾したい日本では唯一のピアニストです」と語っていました。
その後、ある会社が新本社ビルを造り、ホールにグランドピアノを据えましたが、そのこけら落としをしてもらうために二人を紹介しています。その時にクリダさんは佳子との連弾に随分時間を割きました。それはたぶん、「佳子をよろしく」との気持ちが込められていたように思います。すでにその頃、わが家では庭の開放を計画し、アイトワのシンボルマークを決めていました。その何年も前から趣味の工房や茶話室などを作る構想を練り、建設を進めていたのです。
その一部、今は喫茶店になっている部分に、私たちは佳子さんにたいする応援の気持ちを込めて天井を音響効果がよい白木造りにしました。一台の縦型ピアノを据えつけ、彼女の京都でのピアノ教室の場にする約束をしていたのです。にもかかわらず、彼女は急逝しました。
今、日南町を訪ねた日の思い出も新たにしています。枯らしたくない木肌の赤いモミジの苗木を鉢植えにして、玄関先に置いたからでしょうか。さし芽をする約束をしてもらった持ち主と交わした立ち話を思い出しているのです。この木に目をとめた人が私より先にあったと聞かされたときの会話です。通りがかりの男が枝を切らせてほしいと所望したそうです。畑をしながら持ち主は首を縦に振り、鍬を振るい続けたといいます。気付いた時はすでに遅し、その男は一抱えほどもある小枝を切り取ってしまっていたそうです。「生花に使う」とのことだったし、元にもどせるわけではなし、だまって見送るしかなかったといいます。
その2年後のことでした。私は知人との会話で、なぜかこのモミジを話題にしています。知人は「なんぼでも売ってますよ」と切り返し、後日苗を送ってくれました。気をつけて植えたのですが、枯らしました。その後ホビーショップで似た苗を見かけましたから買い求めると、知人が送ってくれた苗木と同じ名称・サンゴカクモミジとの名札がついており、同様に接木でした。
佳子さんが健在なら、自然の不思議さに興味を示す人でしたから、きっと赤い木肌のモミジにも興味を示していたでしょう。彼女はアイトワの庭を開放する前にあの世に行きましたが、健在なら今も週に1〜2度はアイトワで教室を開いていたでしょう。そして、レッスンの後で私たち二人のために一曲弾いてから須磨に帰ったはずです。それがピアノ教室の場を提供する私たちへのお礼として話がついていたからです。だから佳子さんにも、サンゴカクモミジとの名で流通している接木の苗木と、約束どおりに挿し木をして送ってもらった名のない苗木が、見かけはまったく同じだけれど、どれほど大きな差があるのかに気付いてもらえていたことでしょう。
彼女は自宅のグランドピアノで私たち二人のために演奏してくれたことがあります。妻は鳥肌を立て、身震いしていました。私たちが聞いた最後の演奏は1985年9月28日でした。モーツァルトのソナタ・作品332や、リストのハンガリー狂詩曲・第10番などが選ばれていました。そのとき彼女は、立ち上がるのが辛いと楽屋でもらしていました。登場するときの姿は苦しそうでした。だが、ひとたび彼女の指先が鍵盤に触れると、急に彼女は逞しくて大きく見えましたし、鬼気迫るほどの迫力を感じさせました。か弱そうなモミジの苗木ですが逞しく育つことを願います。
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松平佳子さんからの招待状です。当日はモーツァルトとリストの曲が選ばれていました。女性の小さな手には過酷といわれたリストの曲ですが、彼女もよく弾いていました。いつもあの演奏よもう一度、と思いますが、かなわぬことです。個人の本当の財産とは、死ぬときに一緒に持っていってしまうもの、かもしれません。
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ホビーショップで苗木を買い、わが家の庭で冬を越したサンゴカクモミジです。見かけだけを大事にして飛びつく人が多ければ、サクラのソメイヨシノと同様に何千本、何万本と接木で需要が満たされてゆくことでしょう。その台木に使われた木は、それぞれ固有の個性を持っていたわけですが、縁の下の力持ちとして個性を無視されます。
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このたびわが家の庭に加わった赤い木肌のモミジは、突然変異の母木の一枝が発芽し、自らの力で根付いたものです。モミジの挿し木造りはかなり難しいのではないでしょうか。氏素性は確かですが、名はまだありません。
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円形花壇の現状です。サクラなどの根が養分を求めて進入し、花を育てにくくなりましたから、土を取り出してつぶし始めています。その過程が見苦しいので、ありあわせの鉢植えを並べてごまかしました。ところが、このごまかしが多くの人にもてはやされています。このやり方だと、花のリストラ(若いのと入れ替える模様替え)も簡単です。
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コゴミはすでに長けました。ワラビのあとはゼンマイの季節です。ゼンマイは胞子で増えるようですが、コゴミは胞子だけでなく地下茎でも増えますから庭では3箇所に拡げています。ワラビはコゴミに似た増え方をし、3箇所で生えています。アマナも山菜ですが、地下茎だけでなく種でも増えるようで、幾箇所かに広がっています。
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アマナを過日植え替えていますが、その直後にアマナの地下茎が学問の世界では新発見(写真をクリックしてください)であったと知りました。わが家では常識でした。新発見といえば、アメリカ大陸もコロンブスにとって新発見でした。やがて先住民の持続可能な文化はないがしろにされ、環境を破壊しながら資源を食い散らかす文明がのさばります。
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20年前より「寒いのですね」と妻が言ったアイトワ20周年の日のスモモです。これからこの枝が広縁に木陰を作ります。庭の開放を始めた日のスモモは満開で、小鳥が祝福するかのようにして集まってきたといいます。その光景を小文(この写真をクリックしてください)で触れたことがありますが、当時は李(スモモ)と杏(アンズ)をごっちゃにしていました。
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