この記事、産経の「アピール」と同じ頁に、この「正論」『普遍的概念での発信不得手な日本 民族に特有の主張では伝わらず』が載っていました。また同日の朝日には、かつて日中友好に沸いた日を振り返らせる記事『自国を映す鏡 双方失う 日中関係多様性の認識必要』がありました。だからでしょうか、その10日ほど前の朝日の「私の視点」『歴史認識 ドイツに学ぶべきこと』を思い出させられました。

 そこでまた振り返りたくなったのが、フランス旅行から帰った日の読売の記事「地球を読む 1」『米国の夢 猛追、中国 貪欲な資源消費、使い捨て経済いずれ限界』です。なぜか、「日本よ、進路を誤らないでほしい」と叫びたくなりました。二昔ほど前に、日本は閉塞感に陥り、勇猛な意見によって軍靴を響かせ、おお火傷をしています。そのときと似たような状況に追い込まれつつあるように思うからです。

 そこでフランスから帰った翌日の京都の記事「憲法制定 押し付けでなかった 戦前の日本人の言論基調に」を読み直しました。日本は一度おお火傷した20世紀的なやり方ではなく、未来志向型の憲法を守り、21世紀型の生き方を目指してほしいものです。

 真の愛国心とは、日本の領土を外国が無断で侵し、資源や労働力などに手を出すようなことがあったら、たとえ政府が降参しても、領土や仲間を守るために立ち上がろうとする心ではないでしょうか。この逆のことを、いかなることがあっても、繰り返してはいけない時代になっていると思います。そうしたことを繰り返し兼ねないような誤解は避けたいものです。

 リトアニア共和国領事代理、多くのユダヤ人の命を独断で救った杉原千畝さんの神社をつくり、そこで不戦を誓うなど、できないものでしょうか。