種苗会社を定年退職した友が採ってきたマツタケのお裾分けです。傘がある方は焼きマツタケに、他方は吸い物に用いました。50年ほど前まで、父の里(亀岡)では毎日大八車に一杯分のマツタケを出荷していました。マツタケを主にして、ネギとかしわだけの鋤焼を食べなれて育った私は、今やマツタケはもらい物しか食べません。