またケンが帰っていない

 

一週間後に、太秦というところにある警察署から「電話をもらったときに保護していた仔犬の引き取り手がでませんし、お宅の居なくなった仔犬と似ていますから、これを代わりに飼って見てはどうですか」と電話がありました。「もしやケンでは」との期待を込めて妻は飛んでゆきました。ケンでした。

事情を聞いてみると、近くに「迷子の仔犬が居た」といって観光客が嵐山の交番書に届けたそうです。首輪に付いていたプレートに名前が刻み込まれていましたが、それは首輪メーカーのブランドでした。そうとは気づかずに交番所は太秦署に移送しました。

太秦署では、通常は飼い主が現れないと数日で保健所に引き渡すそうですが、ケンは皆さんになついてしまい、誰しもが引き渡す気にならず。一週間が経過してしまいました。思いあぐねて、わが家に飼うように勧めることになったわけです。それが幸いしたのです。だから妻は、「ケンは人懐っこいから、きっと誰かに付いていったのよ」と考えていました。

そのケンが、壮年晩期に入っていながら、またいなくなったのです。首輪の金具が外れたのでしょう。いつもはすぐに私たちが居るところにやってくるのですが、私たちが起きだしていなかったので散歩に出かけたのでしょう。妻が餌を与えに行ったときにはすでに居なくなっていました。

昼過ぎまで、探したり待ったりしましたが見つかりません。妻は人形教室が始まり、私は市街地まで講演に出かける時間になりました。そこで、「(マーキングをする)雄だし、成犬なんだから、きっと帰ってくるよ。(独力で)帰って来れないような犬なら、愛想をつかせばよいよ」と言い残して出かけました。

4時に私は帰宅しましたが、ケンはまだ帰っていませんでした。4時過ぎに教室が終わった妻はまず嵐山の交番所に電話を入れました。そして、「見つかりました」といって家を飛び出しました。なんと8kgのケンは、11時ごろに、4kgの仔犬のときと同じところで観光客に、迷子になったイヌと見とがめられ、近くにある嵐山の交番所に連れてゆかれて保護されていたのです。間なしに太秦署に移され、皆さんに可愛がられていたそうです。

どうして臆病なケンが、帰路も忘れてしまって同じところに2度も訪ねたのか。ケンは無事に帰ってきましたが、側に行った私にも鼻声を出して抱きつき、しばし離しませんでした。ケンは立ち上がって両の前足で私たちによく抱きつくのですが、よほど寂しかったのでしょう。

ケンのせいで、いつもは4時半にでる私の午後のオヤツは1時間も遅れました。