酒の肴

 

 写真の上の鯉に私は見覚えがあります。勤めていた商社の独身寮は淀川の近くにありましたが、調理人の1人が幾度か釣り上げたことがある鯉です。もちろん下の太いほうの鯉を多く釣り上げていましたが、時々細い方が混じっていました。

 釣り好きの調理人が昼間に釣り上げた鯉を、会社から寮に帰り着いた私に見せてもらえると、その夜のスケジュールが決まりました。私が酒屋に電話を入れ、夕食と風呂を済ませた頃に、鯉こくになっていました。味噌たれの鯉こくと500円の2級酒で開く酒宴です。その折に。細いほうの鯉の名前を聞かされていたのですが、失念しました。

 ときどきもう1人の調理人も酒宴に加わりました。酒を酌み交わすほどに少し荒れる人でした。大勢の寮生がいましたし、私も生意気だったのでしょうか、「わしの匙加減1つで500人の命はお陀仏じゃ」と、荒れることがありました。

 この思い出話を妻にしますと、「そこまで話してしまったのは気の毒ね」とつぶやきました。私は「そこまで話をさせたことが気の毒だ」と応えました。いずれにせよ、心にとどめずに聞かせてもらえるのが嬉しくて、鯉が釣り上げられると酒宴を張りました。この2人は既に亡き人ですから細身の鯉の名前は知りようがありません。