生活ぶり

 

柿の木@

 

巣箱A

 

収納棚B

 

水中眼鏡C

 

収納棚D

 

雑魚を捕る道具E
 知人が借りた山裾にある田舎家の前庭(家屋の南側にある)には柿の木@があり、裏山には栗の木がありました。柿の木がある側(家屋の西側)に小さな畑があり、サツマイモを育てていました。東側が本式の畑で、トマト、ナス、キュウリ、ネギ、ニラなどが育っていました。ミョウガやミントは家主さんが残したものでしょう。裏山には2種類のミツバチの巣箱Aが残っていました。

 道具類を収納した部屋は、山側の壁面に収納棚Bを設けており、手作りの水中眼鏡Cなどを所狭しと置いていました。この部屋の奥半分ぐらいは天井のような板が張られており、そこも収納棚Dと見えて、手作りのモンドリとか川底に棲む雑魚を捕る道具Eなどが納まっていました。

 その小屋には農具よりも山仕事の道具Fの方がそろっていました。どこかに兎を捕る仕掛けとか罠などもあったのかもしれません。道路側の壁面には窓をうがち、その軒下は薪置き場Gに生かし、その小屋に隣接させてニワトリを飼う小屋が見えました。

 家屋の一番良い場所、南東の角はウシ小屋であったようですが、今は納戸に改装されていました。その北隣の部屋は漬物小屋Hで、味噌や醤油も仕込んでいたようです。ウシは農耕用ではなく、子を生ませて育てて売り、現金収入を得ていたのでしょう。ウシ小屋の西側に玄関や座敷が続きます。

 水は今も沢筋から引いており、流しっぱなしにしています。水源も訪ねましたが、貯水設備Iを設けにくそうでした。凍結する冬はたいへんでしょう。裏山はもとより一帯は掘ればすぐにマンガン質の岩盤だそうで、井戸をうがちにくい上に、掘ってもよい水が出ないそうです。

 流しっぱなしの沢水を受ける水槽があり、そこが洗面所でした。竹を編んだ小さな2種類の籠Jが備え付けられていました。1つは歯ブラシを立てたようで、他方は野良仕事のおりに持ち出す小さな砥石が幾つか入っていました。大き目の消しゴムていどの大きさですが、鎌の切れ味が鈍ったときに、水代わりにつばを使って研ぐ砥石です。湿った砥石を入れておいたせいか、底が中ば朽ちていました。勝手口の壁面K。側にあった箕(み)L。トイレは今もポットン便所で、汲み取り口は、広い方の畑(東)に面していました。

 近所に神社がありました。鳥居をくぐって山肌に沿って登った先に社Mがありましたが、その階段も一帯に剥き出しになっている岩盤Nを生かしていました。

 このような環境や家屋で私は育ちたかった。両親が営む日々の生活自体を真似ることが遊びとなる生き方です。モンドリを作って仕掛け、魚を捕る。水中を覗く道具やヤスを作って魚を捕り、夕餉の蛋白源に生かしてもらう。丸太をくりぬいて山に置き、ミツバチが住み着くのを待ち構え、蜜を取る。あるいは歯ブラシ指しなどが朽ちたり草履が破れたりすれば雨の日に編むのを見習う。かくして次第に小さな大人になってゆく。

 より丁寧に、良い形の歯ブラシ指しを作りたい。より使い勝手がよくてきれいな形の雑魚捕り道具も作って自慢したい。生活の営み自体を芸術化し、生きている実感と自信を確かめながら日々を送り、郷土に対する愛や誇りを育んでゆく。

 その一帯の空気を吸い、水を飲み、庭先で育てた野菜や、身近な山や川で捕った獲物などで腹を満たし、やがて亡骸を大地に返す。


山仕事の道具F

 

薪置き場G

 

漬物小屋H

 

貯水設備I

 

2種類の籠J

 

勝手口の壁面K

 

箕(み)L

社M

 

岩盤N