最高の企業防衛策

 

 国際競争力のある企業にするために、選りすぐりの社員に特殊な技能を習得させ、国際レベルの給与を払って特殊な仕事につかせようとしていると聞いたときに、商社時代の思い出しています。勤めた商社ではさまざまな社員教育を有志に施していましたが、問題が生じていました。たとえば、英会話などに上達した女子社員が次々とスチュワーデスなどに転職したことです。特殊な能力を身につけさせながら、一律の給与体系のままでしたから、給与面でもエリート意識を感じることができる職場に移っていったのでしょう。

 私は個人的に、給与格差を大きくすることに反対です。別の問題を生じさせかねません。その1つは若くして高給を得る弊害です。私は転職したアパレル企業でその弊害に気付かされています。若くして高額所得者となった人が大勢いましたが、苦情が社長室長の私の下に多々寄せられたのです。50代とか60代の高給取りが多く住まうマンションを、30歳そこそこの社員が買い求め、「こんな(社会的に未熟な)人が働いている会社の洋服を着て、誇りにしていたのが恥ずかしくなりました」などの顰蹙を買うケースが多発したのです。

 とはいえ非難された若い人たちの心境も分かりました。欲と道連れのような仕事に急かされ、気ぜわしい仕事もしていたようで、決して心豊かだとは見受けられませんでした。幸い私は、その企業に再就職する条件の1つとして商社時代の所得におさえることを求めました。真意はお金に釣られて転職と思われたくなかっただけですが、おかげで8年目に心置きなく(期待されていた役目を負え、それ以上の意義が見出せず)辞めることができました。同年齢で2倍とか3倍の所得者もいましたが、それに近い高給をえていたら、ズルズル引っ張られていたかも知れません。

 このたびの講演依頼は、私の今の生き方が本当に豊かな生き方のように見えるが、「この生活を手にした秘訣」をエリート社員に教えて欲しい、というものでした。エリート社員が本当の豊かさを手に入れられないようでは良い企業とはいえない、とでもいわんばかりの要請でした。この企業は、日本は経済的に下り坂に入ったと睨んでいるようです。それだけに企業は生き残りをかけた熾烈な競争を余儀なくされる。だから給与格差をつけて優秀な社員の流出を避けざるを得ない。だが、一時的に高給を得る弊害も警戒したい、との訴えのように感じました。

 やがては日本は劇的なベースダウンを余儀なくされることでしょう。そのときにも変わらぬ豊かな人生を手に入れようとすれば、今から準備しておかなければいけないでしょう。そうした時代の到来を予測して、私は拙著『このままでいいんですか』や『次の生き方』などを著してきました。私は40年をかけて、個人的なベースダウンに備えましたが、今の若者は社会的、構造的なベースダウンに備えなければいけないわけです。だから40年もかけるゆとりはないでしょう。そうした危機意識を感じている人に希望を抱いてもらいたく思ってしたためてきた拙著を教材にしてもらえそうな話でしたから、とてもありがたく感じました。

 間もなく出来上がる『庭宇宙 PartU』は、そうした時代のための庭のあり方、所得が半分になっても、むしろ心豊かにする循環型の生活空間とそこで演じ得る生活のあり方をとりあげています。私は、日本がまだ貧しかった頃から、転職を重ねながら、40年も掛けてつくり上げた生活ですが、若い人には高給(にかまけて消費生活に走るのではなく、高級)を生かして創造的に生き「10年で種まきを終えよう」と呼びかけたく思っています。あとはベースダウンの時代になるかもしれないが、余暇時間が増える。種さえまき終えていたら、水やりには時間がかかるがお金はたいしてかからない。むしろ収穫が始まる。こんな心の準備を提唱したく思っています。