胸が熱くなるほどよい気分

 

 自宅を出てから2時間あまりかけて最寄の駅に到着すると、軽四輪のワンボックスカーでご主人が出迎えてくれました。そこから20分足らずで見覚えのある丘の土手にたどり着きました。車は砂利敷きのパーキング場で止まり、車から出ると大小2頭の犬と2人の女の子が駆けてきて、続いて奥さんに出迎えられました。2頭の犬はハッピーに似た毛並みですが毛の色は違いました。しかし、大きい方の息子の顔がハッピーとそっくりでしたから妻は大喜びでした。

 前回訪ねたときに、終の棲家にするなら「まず日当たりのよい敷地にしないといけない」さもないと生涯苦労を背負い込んでしまいかねないと考え、造成することを勧めました、とはいえ少し不安が残りました。きっと虎の子のお金を投じて手に入れた敷地でしょうから、もし下から岩盤が出てきたらどうしよう、との不安でした。たとえそうであっても、この家族のことを思えば、生涯をかけるに値する土地であるか否かを少しでも早くはっきりした方が良いに決まっているし、周囲の崖や坂面を見ても、あるいはそこに生えている木の種類や育ち具合から見ても、岩盤の丘である可能性は小さい、と睨んでいました。

 造成された土地を見て安堵しただけでなく、若い2人が情熱を傾けた跡を見て、うらやましくなりました。このような小高い丘に私も住みたかった、との思いです。同時に、これから出来上がってゆくであろう終の棲家の姿を瞼に描きながら、若さというエネルギーをまぶしく感じました。小さな温室がありました。古いレンガが積んであったり陶器の流しが転がっていたりしました。造作途中の「室」もありました。温室やレンガなどはきっと誰かから譲ってもらったものでしょうし、室は造作中に出てきた岩や石を生かすことにしたものだろうと考えましたが、この推察は当たっていました。

 東面の坂地には苗木が植え込まれていましたが、その1本は見覚えのある櫂の木でした。岡山県の小島を訪ねたときに知った学問の木です。西面の松の平山のそばに山栗の木が生えていましたから、北側の雑木林を切り開いたところにクヌギの苗木を植えるように助言しました。その先は植林された檜が大きく育っていましたが、娘たちのために手入れをして残しておくように勧めました。やがて日本は木材の輸出を当てにしなければならない国になりそうだと考えたからです。今のうちに良い木に育てて置くことが大切だと思います。

 畑地は赤土でしたから、裏山の掃除をして落葉などをかき集め、鋤き込んで黒土にするように助言しました。しかし、一部は痩せた土地をこのむサツマイモ用に赤土のまま残しておいてはどうか、と提案しました。ナスやトウガラシなど夏野菜のほかに、大豆、コイモ、ウコンなども植えられていましたが、痩せ地ですからいずれも思ったようには育っていません。

 問題は水の確保です。北の急勾配の植林部分を下ったところに小川が流れていますが、丘の上には水源がありません。前日のNHK-TVでおりよく古代マヤの番組があり、雨水を3段に分けた貯水槽で蓄えるチエを紹介していましたから、その生かし方や、風車を作って汲み上げる工夫などを語りました。

 ウッドハウスの側で煙が立っていました。レンガを積んだだけの竈で手作りのパスタが茹でられていました。昼食のメインディッシュでした。テラスで、なんとも優雅な昼食が待ち受けていました。手作りのハム、自分たちで燻製にしたチーズ。そのチーズと交換したというドイツ風手造りパンなど、ワインを除いてすべて手作りでした。

 この竈にあった鍋の湯で手造りハムを茹で、土産にもらったのですが、その日の夕刻に泊まった友に始まり、金曜日に泊まってもらった友はもとより、アイトワ塾のにわか講師をしてもらった知人などに講釈付きで楽しんでもらいました。私はこんなに美味しいハムは始めて口にしたように感じました。

 奥さんは現金収入を求めて、学生時代に得た資格を生かし、働きに出るようになり、ご主人が子育てと家事を受け持ち、半日は家具作りに、残る半日は終の棲つくりに割いていました。そのありようを、私は褒めました。わが家とは逆ですが、創造力に富んだ人が終の棲つくりに精を出したら、どれほどの仕事ができることか、計り知れないものがあります。わが家で妻がしたことを、賃金労働者に頼んでいたら、莫大なお金がかかったことでしょう。

 1000坪の荒地を庭にするだけでも大変ですが、誰も試みたことがないような循環型生活に供するエコライフガーデン作りを、他人の手を煩わせていたらどうなっていたか。仮にその維持管理を他人に頼むだけでも、今の状態はそれに近いのですが、それだけで一般的なサラリーマンの年収が消えてしまうことでしょう。それを自分ですれば、つまり生活の一環として組み込んでしまえば、趣味として楽しみながら、生きる力まで身に付けられます。

 家事労働のように、限りなく芸術的にまで高められる総合的な仕事を、単純な賃金労働のように考えた貧困な発想が、多くの人の人生を台無しにしてきたように思います。家屋を、創造力を生かしよい空間ではなく、買い求めてきたものを消費するだけに終わらせるような場にしてしまい、人間本来の知恵と汗を出す余地を奪っています。それはお金の問題ではなく、人間のみがもって生まれた創造能力を出さず終いにさせてしまい、畜生以下にしかねません。人間の知恵を欲望を膨らませることに投じてしまい、環境破壊にも結び付かせてしまい、未来世代に問題を先送りしてきたのではないでしょうか。

 妻が手回しのコーヒーミルで豆を引き、奥さんが手造りデザートの用意をしている間に、ご主人とクヌギの苗を植えてはどうかと勧めたところに足を運び、コシアブラの苗木を3本掘り起こしてもらいました。その苗木を、わが家から持参した宿根ソバ、ウコギ、イロハモミジの苗を入れていたバケツで持ち帰りました。宿根ソバとウコギの苗は、わが家から初めて持ち出されたものですが、この日のために1ヶ月以上も前から準備していました。

 当初は泊まって行けといわれていたのですが、夕刻に別の約束を入れたためにせわしなく立ち去ることになり、後ろ髪をひかれる気分でした。でもそれが、とても立ち去りがたい気持ちにさせ、次回は泊りがけで、飲み交わしながら、との願いを沸き立たせました。

 私は『庭宇宙 パートU』を持参し、妻はアイトワのケーキを焼いて手土産にしていました。もう一度、近く再訪したい。彼らももう一度アイトワを訪ねたいと思ってくれているに違いありません。
 
作り始めていた室
 

作業小屋 ここにある道具は中古をもらったのでしょうか?

畑 いずれ黒土になる
 
南面の土手
 
土手(東面)に植えた果物の苗木
 
土手(東面)からウッドハウスに至るアプローチ
 
パーキング
 
温室
 
割り木置き場
 
草屋根の犬小屋
 
ウッドハウスと若者の家族
 
昼食
 
デザート
 
ハッピーにそっくりな犬