教師の醍醐味
 

 彼女はかつて、母親に勧められて拙著を読み、母親と一緒に訪ねてくれた人です。その後、同志社大学での講義の話が煮詰まり、同大の了解をえてアシスタントになってもらいました。彼女は多忙な身でありながら、必ず講義時間の30分ほど前に駆けつけ、見事にアシストしてくれました。きっと仕事場でも、見事な動き振りを示しているに違いない、と思いました。

 この人は講義の90分間、おそらく片時も目をそらさず、聞き耳を立てていたと思います。教師にとっては、これほど手ごわい相手はないはずです。と思う反面、文字通りに、ありがたいことだと思いました。講義で教師が訴えようとしている大筋を捉え、細かいところはテキストで自習すればよいこと、と私は思っています。

 実は、私は社会人になってから数年後に、社会のありように疑問を感じるようになっています。やがてその疑問は教育のあり方にまで及びました。そのときの記憶が、「こうしたことに気付かせる教員に出会っておきたかった」と思うようになり、その「こうしたこと」を教壇で語ろうと勤めてきました。できれば、「100年後に夢を馳せる人」「誰しも死ぬときに人生を振り返るでしょうが、その人生を考え始める人」になってほしい。私はその大切さに気付くのが遅すぎた、と残念に思っています。要はそれぞれの人がもって生まれている可能性に興味を抱く人、あるいは身の程に気付く人になってもらいた、と思うのです。

 実は、「こうしこと」の大切さに気付いた後に、自分の聞きたかったことを部下の前や講演で語るようになっています。やがて「ほらを吹く人」とか「分けの分からないことを言う人」との風評が立ちました。こうした風評を立てる人の特色は、「何を聞いたのか」を説明せずに、あるいは「何を話したのか」を問いたださずに、風評を一人歩きさせるのです。

 反省しました。その「何を」を文字にして固定しおき、自問自答できるようにしておくべきではないか、と考えるようになったのです。それが、会社勤めを辞めをあきらめさせ、処女作作りに没頭させたしだいです。

 きっと彼女は、時々拙著を紐解いてくれるでしょう。未来が思っていたとおりにならないときに、あるいは人生が思ったようにならないときに紐解いてくれることでしょう。そして、私の「言葉」から聴きとめたその方向や地平と、「文字」になっていた方向や地平を検証しなおし、軌道修正してくれるに違いありません。

 もちろん多くの面で、その両方ともが正確性を欠いていることでしょう。それどころか、急いで大転換しなければ成らないことさえあるでしょう。

 でも彼女は、私が示した方向や地平の過ちを恨まないはずです。むしろ、自分の頭で、自ら進むべき方向や地平を考えるクセを身につけさせた時間として、懐かしんでくれるのではないでしょうか。

 それが教師の醍醐味だと思います。