母性愛を見た
 

 
 畑仕事をしていた私は「孝之さんちょっと来て」と大声で呼ぶ妻の声に少し緊張しました。助けを求めるような声であったからです。すぐに妻の居場所は分かりました。金太の小屋のそばです。木陰越しに妻の姿が見えました。意外なことに、妻は友人の車を見送っているはずなのに、金太のそばで背を曲げ、何かを覗き込むようにして右手をかざし、私を呼び寄せていたのです。

 近付いてみると、一瞬のことでしたが、妻の目の方向に何か動くものが見えました。「ネズミだ」、とすぐに分かりました。「ネズミ、ネズミ」と妻が叫んでいたからです。「この程度のことで呼びつけるなよ」と言ったかどうかは忘れましたが、私はすぐに立ち去り、畑仕事に戻りました。ネズミの姿が草むらに消えたからです。

 妻によれば、金太が注目する草の影で何かがガサッと動いたようです。見ると口からはみ出すほど大きなものをくわえた小さなネズミでした。ヒョイヒョイッと飛んだ弾みで、くわえていたものを落として消え去りました。その落し物が2匹の赤子のネズミでしたから、母ネズミがくわえていた大きなものが3匹の赤子であったと分かったようです。

 その2匹の赤子に注目していると、母ネズミは戻ってきたのにその2匹のそばを通り過ごしてしまったようです。そして、しばらくすると、母ネズミは別のもう1匹の子ネズミをくわえており、先の1匹を連れ去ったところに消えました。

 その後、2匹の子ネズミを落としたところに2度戻ってきて、1匹ずつくわえて連れ去っています。そこで妻は、4匹の子を抱えた母ネズミが巣の移動をしていたわけだ、と思ったようです。そうこうしていると、母ネズミがまた戻ってきたようですが、子ネズミを連れ去った方向ではなく、元の巣があったところと思われる方向に消え去ったといいます。

 このネズミはとても小柄で少し赤みを帯びています。そしてとても跳躍力に富んでいます。高さは10数cmほどですが、距離は40cmほどひょいひょいと跳ぶようです。