忘れえない思い出
 

 年内最終の開店日の閉店近くに立ち寄っていただいた夫婦連れの客でした。妻の人形に興味を示してもらったうえで送り出しました。すぐさま取って返してこられ、カードを使えないかと尋ね、それが不能と知り「お金が出来たら買いに来たい」といい残して去ってゆかれました。

 ほどなく、「カードでは10万円しか現金化できないから手付金だけで分けてもらえないか、数日後に東京から帰国する」などとの問い合わせがありました。さあどうするか、と妻は思案しました。その妻の心配を察したような発言もあったようです。

 かくして翌日、3度目の来訪です。妻はその物腰や風貌にも惹かれ、そのご夫婦の願いを受け入れました。約束どおりに、ロンドンの近郊から「通りがかりの者を信用していただいて」との礼や「無事につれて帰れた」との報告の電話がありました。

 その後、2度も問い合わせがありました。現地の銀行で「振込先銀行の住所を問われている」とか「日本の銀行の口座番号は7桁ではない」といった電話です。そして振込みは年を越すが、振り込めたと思われるころにもう1度電話をする、といって終わっています。

 妻にとっては、それは1つの大きな賭けであったはずですが、相手に亡き母の影を見たのではないでしょうか。母は、大工さんや酒屋さんに借りができると、決まったように月末に、集金が遅いといって不安になり、妻に持ってゆかせるような人でした。