ウシガエルの不気味な正体
 

 ウシガエルの不気味な正体を知ったのは夕刻です。それは、モリアオガエルのオタマジャクシが棲む水鉢に大きなカエルが入る姿を妻が見かけたことから始まりました。その時は「モリアオガエルのお母さんかも」と思ったようです。

 それにしては大きすぎると思い直した妻は、水鉢に近づいて注視しました。そしてそのカエルの動きようから直感で、オタマジャクシを食べに来た、と見て取ったようです。「もうほとんど食べられてしまった」が悲鳴に近い第一声でした。逃げ場のない狭い水鉢にオタマジャクシをたくさん棲まわせていました。

 「まさか」と思いながら私は庭に飛び出し、網をとりに走りました。それが妻の要請であったからです。その大きなカエルを捕らえたかったのでしょう。

 いわれてみると水面に黒く光る背中が見えました。棒切れでつつけばいつものようにノソノソとした動きで這い出してくるもの、と思っていたのです。ところが、その実に大きなカエルが敏捷に飛び出したのです。ウシガエルだとすぐに分かったのですが、網では到底役に立たない素早い動きでした。草むらに飛び込み、息を潜めました。ここぞと思われるところを棒で叩きますと、ピョンピョンと3飛びほどで中庭から消え去りました。2m前後も飛び跳ねたことになります。棒切れが当たっておれば、一撃でたたきのめしていたことでしょう。後刻、さらに不気味なことが生じたのです。

 妻が再び水鉢のそばを通った半時間後のことです。また妻は異常に気づきました。水槽が騒がしく、オタマジャクシの様子がこれまでとは違ったようです。私はまた庭に飛び出して、言われるがままに目を凝らしました。一帯はさらに暗くなっていましたが、懐中電灯の明かりでウシガエルの背中が黒光りしていました。カエルは息を潜めるかのようにジッとしていました。そこで、飛び出しそうな方向に大きな網をかざし、棒で背中をつついたのです。一瞬何が起こったのか記憶にありません。そのカエルが飛び出したところに網を移動させていますが後の祭りでした。また逃げられてしまったのです。

 やむなく、防衛策をこうじました。畑のトンネル栽培で用いているレースカーテンを持ってきて、水鉢を包み込んだわけです。かくして無事に夜が開けたのです。

 もう懲りてやって来るようなことはあるまい、と思っていた翌日の夕刻のことです。またウシガエルが現れたのです。それが自然だといえばそれまでですが、爬虫類脳しかもたない生き物の本性を見た思いがして,ゾッとしました。

 爬虫類脳とはサカナやトカゲなどが備えている脳のことです。イヌやウシなどの哺乳類は爬虫類から進化していますし、サルやヒトなどの霊長類は哺乳類からさらに進化しています。そして進化のたびに脳も進化させ、脳の機能強化をしています。

 問題は、イヌやウシなどの哺乳類だけでなく霊長類も、爬虫類であった時代に備えた爬虫類脳を持ち続けていることです。そこは、食べたり,眠ったり、増殖したり,保育したりする働き、つまり本能と呼ばれる働きをしているわけです。私たちヒトも,本能の部分はトカゲやイヌと同レベルと言って良いわけです。ネコの「毛づくろい」とヒトの「化粧」.は,根っこの部分は発現動機は同じだといっていいわけです。

 このたびのウシガエルの動きを見て、私はオノレを振り返り、とりわけ爬虫類脳に支配され勝ちになる若かりし頃のオノレを振り返り、ゾッとしました。よくぞ無事に,新聞紙上まで騒がせるようなことをせずに済んだものだと胸をなでおろした次第です。

 それはともかく、今の私は、なんとかオタマジャクシがカエルに変態し、逃げ方を自力で選べるまで育ててから放したい、と思っています。なぜなら、モリアオガエルが生んだすべての卵を無事に育てようとした行為が、つまり水鉢の移動に始まる保護策が、ウシガエルから見れば、実に誘惑的な行為であったわけです。

 このウシガエルは、過日門扉の前に陣取っていたカエルと見て間違いなさそうです。その時は棒切れでつつきながら、道の脇まで移動させるのに時間をとられたものです。このカエルは、わが家を餌場にしているに違いありません。