「指示待ち族」
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指示待ち族は、社会がつくってきたように思います。1950年代までは、今とは逆に,指示待ち族がいないので「日本の教育のあり方」が社会的に問われた形跡があります。つまり、ベルトコンベアー式の工場労働者が必要となり、その要員として採用しても,指示通りに動くのになれておらず、叱ると直ぐに辞めてしまうことが問題にされていました。その頃に、国の教育方針が大きく変わっています。 そのころに生じたもう1つの問題は、労働が単純作業化され、同一労働同一賃金を主張する女性を排出していたことです。また「私作る人、ボク食べる人」というTV-CMが問題になりましたが、それは生産活動を蔑み、消費する立場を有利と見る風潮を醸し出していました。この感情そのものは理解できますが、自ら罠にはまろうとしているようなもの、との認識をする情報はなかったように思います。要は、同一労働同一賃金を言うなら、国内問題に留めず、国境を超えた課題として受け取め、世界的な同一労働同一賃金の時代を視野に入れておかないといけなかった、と言いたいのです。 それを国民的課題として取り組んでいたら、目先の一時的な欲に振り回されて産業の空洞化に結びつけかねない道に突っ走る経営者を増やさずに済んだでしょうし、今日のようなリストラ問題で泣く人や、自殺に追い込まれる男性とか、貧困家庭に追い込まれる母子などを大幅に減らせていたのではないでしょうか。 いまや私は、社会的にハシゴをハズされたような気の国民にされています。 |