調理の即興詩人
 

 TOSCAの料理を食しながら、2つのことに気付かされました。何か目には見えないモノが伝わってくることと、「妻の味付けと似ているなあ」と思ったことです。

 この姉妹は、妻とよく似た側面を持っているに違いない、その側面が似た味を生み出させたのではないか。その側面とは、味覚が最も敏感な時期に、調理を始めざるを得なかった境遇であったことです。

 妻は、8歳の時から畑仕事に出た母や姉の弁当作りをしています。幾つかの弁当を、毎日30分ほど山道を歩いて届けています。家族に喜んで迎えてもらい、褒められたかったのでしょう。こうした意図が、やがて妻に、あり合わせの食材で弁当を、さらには夕食を、と工夫する喜びを覚えさせています。そうした喜びが、いつの間にか味見をせずとも頭の中で、和音のような味の調和を連想させるようになったようです。

 今では、畑で摘み取った野菜を少しかじり、納得したかのような顔をして、有り合わせの調味料を取り出し、次々と手早く調理してしまいます。そして、来客より先に手をつけた私が美味しそうに食べるのを見て、胸をなでおろしています。つまり、少しでも早く食べてもらいたくて、味見をせずに出してしまうからです。

 きっとTOSCAの姉妹も、似たことをしているのでしょう。自然条件に支配されがちな有機栽培野菜などを用いていますから、いわばその日に手に入る偶然の賜物を、頭の中で和音のような味の調和を連想しながら、活かしているのでしょう。そして、味わってもらえる人に喜んでもらいたい、と願っているのでしょう。