「哲学の穴」
 


 「哲学の穴」と位置づけている穴があります。わが家では家族が出す有機物をすべて庭の微生物に分解してもらい、草木を育ててきましたが、これは随分神経を払わされる作業です。

 落ち葉や腐葉土に、庭や畑の残渣と台所から出る生ゴミは堆肥にしますが、そうはゆかない残渣やゴミもあります。種を結んだ野草は灰にします。カキやシジミの殻は砕いてカルシウム剤にします。しかし、帆立貝の殻は砕きません。キンギョソウの球根やドクダミの根とか蔓ききょうのツルなどは燃えにくいし腐りにくく、堆肥にはしません。

 かと言って、今のところはこれらを資源ごみとしては出せません。割れた植木鉢も資源ごみにはなりません。しかし、これらは、電池などと違って、庭で活かすことができます。木の根が大喜びする有機物に富んだうえに水はけが良い土にするために生かせます。そこで登場したのが哲学の穴です。放り込む品の選別にとても神経を使います。

 今週の庭掃除で出た残渣00は、台所(自然生えしたツルムラサキ)2、苗として育てるポット(自然生えしたクコの苗と、イノシシが掘り出した斑入りのハラン) 1、堆肥の山3、そして焚き火場4-1ヘと分別された後、哲学の穴4-2に放り込んでいます。

 窓付きの封筒とか電池などは資源ごみとしては出せないし、家庭の努力では限界がる電球や長靴などは、行政の努力を期待して、まとめてゴミとして出すことにしています。
 

庭掃除で出た残渣