楽しい語らい
 

 この友人は、2人の職人を伴ってやって来ました。ある大学に籍を置く教授はイタリヤに精通していますし、イタリヤ留学だけでなく就業経験もある仲間の教師を同伴でした。おのずと話は弾みました。

 友人は、とても困難が伴う仕事に踏み出そうとしています。低迷する消費市場を対象に、しかも繊維分野での仕事を選び、始めようとしています。もちろんこの友人は、「ポスト消費社会での旗手たち」との副題をつけた拙著を一緒に勉強した仲間です。覚悟の程はできていることでしょう。

 今のままでは、わが国の低迷は拭いようがなく、ジリ貧状態が続きかねません。なにせわが国の指導層は、決断すべきことが多々迫られているのに、いっこうに気付こうとはしておらず、閉塞感を蔓延させています。もちろん国民も、未来を切り開くときに伴う苦労を避けようとしてか、目先のことに翻弄され続けています。きっと、太平洋戦争に突きすすんだ当時の日本に似ているに違いありません。

 それはともかく、資源小国の日本は、イタリヤ型の国へと方向転換すべきだろう、と私は視ています。なにせイタリヤには巨大企業はほとんどありません。従業員50人以下の企業が9割を大きく超えており、大部分の企業は、いわば家族経営、あるいは同族企業です。にもかかわらず、その多くが国際的に活躍しています。

 この日、集まってもらえた5人は、いずれもが「職人の力」を尊重するイタリヤに精通していました。この半世紀、日本は職人を冷遇し、大事なものを次々と失ってきましたが、このあたりで、「職人の力」をみなおさなければならない、と私は視ています。ですから次のような意見(助言のつもり)を述べさせてもらいました。

 これから象(巨大企業)が生き残りをかけて、いっそう熾烈な争いを繰り広げることでしょう。その間は、アリ(職人など)は踏み殺されないように気をつけるだけでなく、いずれは日本の屋台骨をアリが支えなければならない時が来る、との覚悟もしておくべきではないでしょうか。その一貫としてこのアルバイトの話が、若人を誘う機会になれば良いのだが、と願っています。