その謎が解けた
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このたび届いた友人の著作と、このたび完成した薪小屋のおかげで、その謎が解けたような気分です。この著作で用いられた写真はこの一枚だけですが、読み進むに従って、何度か見直したくなる写真であることに気付かされています。 薪小屋には半畳ほどの板張りの空間を設けましたが、妻は意外な言葉を口にしました。完成時に妻を案内した時のことです。案の定この小さな空間に妻は惹きつけられました。私の目にも、子どもの頃にこうした空間を得ていたら「どんなに嬉しかったことか」との思いがありました。しかし妻はここは「私の反省の場ネ」とつぶやいたのです。 これまで私は、妻は非を認めるのが嫌いで、簡単には謝らない人、と見ていただけに意外でした。妻がこの空間に腰掛けて「もの思いにふけっている姿」を連想しながら、「そうだったのか」と膝を打つ思いにされ、友人の一書に思いを馳せ、私たち夫婦のケンカもまんざらではなかったわけだ、と私はと胸をなでおろしました。それは、私が「おかげで」という言葉を用いた時に、妻にしばしば、「せいで」でしょう、と改められていたからです。 わが家では夫婦ゲンカが絶えません。たとえば、共に節電に努めていながら、この1点でさえケンカが絶えず、次第に大ゲンカにしてきました。「必要な電気は使って当然でしょう」という妻と、「何を『必要』と見るかだ」と問い詰める私との間の見解の相違です。妻は「暗い廊下で、電気を灯してどこが悪い」との時点で思考を停止し、私は「明かりがなくても動けるようにしておくべきだ」「それが『終の棲家』を見定める真の価値ではないか」とからんでゆき、いつも中途半端で終わっていたのです。 暗い廊下で転び、私は2度も、息が止まりそうな体験をしています。原因は、昼間に掃除をした妻が、掃除機を廊下に放り出したまま中断していたことです。妻は、私が電気を灯さなかったことを原因と見ます。私は、暗くなる前に掃除機をしまって置かなかったことが原因だと見ます。いずれにせよ、私は勢い良く転んでしまい、「5mmほど凹んでいます」「お医者さんに行きますか」と妻を心配させています。 こうした時に「キミが約束を守らなかった『おかげで』」と私がいうと、妻はいつも「それは『せいで』です」と訂正させました。「それはともかく、おかげで弁慶の泣き所と呼ぶ分けがわかったよ」と私は答えたはずです。しばらくは立ち上がれず、エビのように体を縮め、脛を掌でおさえていつもの呪文を唱えました。こうした痛さに耐えるときは、「一瞬、一瞬、痛みは過ぎ去る」と私は自分に言い聞かせることにしています。 二度共に、1年余もすると、凹んだところがむしろ膨らんだようになりました。その時も、それを点検させた妻に、「キミの『おかげで』人体の逞しさが分かったヨ」という私に、「それは『せいで』です」と妻は訂正を迫っています。 私が「おかげで」という言葉を用いたわけは、「私よりも15年前後も長生きしかねない妻のことが気になるからです」。妻は、電気はあってあたり前と思い込んでいますが、私は「停電」があたり前になりかねない時代や、視力を失う可能性を視界に入れておきたいのです。そこのところを「頭で」ではなく、妻に「心の底から」わかってもらいたいのです。それがために「『望ましき終の棲家』を創ろうとしてきたのではないか。 ですから私は、息の止まりそうな痛みを体験したこと自体で妻を叱責した覚えはありません。暗闇でも明かりなしで動ける終の棲家にしようとの意識に欠けていると見た時に、叱ってきたつもりです。それが度重なると、ボルテージはどんどん高まります。 それはともかく、二度の5mm陥没事件のおかげで、その後は「掃除機を放り出したままだぞ」と怒鳴りますと、「ゴメンナサイ」といってすぐに片付けるようになりました。そこに、このたびの原発問題が生じました。おかげで妻にも、それは当然の帰結(人災)であって、これを機に日本はいろいろと考えて、世界に日本の凄さを再認識してもらう絶好の機会、と考えてもらえるようになっているはずです。 でも、今週の雲行きでは逆に、政府は「原発再稼働」を前提としたような屁理屈をこねまわしています。その裏にはさまざまなドロドロしたことがあるのでしょう。情けない。 |
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