過去の体験
 

 人形工房の床上浸水事件はこれが、26年間で2度目であり、その間に1度、危機一髪という事態がありました。原因はいずれも、人形工房の床下にある井戸で、その水位上昇問題がらみです。今回は、人形工房だけでなく喫茶室やワークショップも床上浸水しましたが、その原因は井戸ではなく、想定外の大雨です。

 問題の深さ8m余の井戸は、1979年に商社を辞めた退職金で、その3分の1をつぎ込んで掘りました。現在の人形工房と人形展示ギャラリーの2層の建物は、この井戸の上に建っています。それ自体には問題はないのですが、この井戸には2つの別の問題を抱え込ませました。1つ目は、JRの複線化工事に伴う問題です。JRの複線化工事は、裏山(小倉山)を縦断するような形でトンネルを掘りましたが、それがわが家の井戸にも影響を及ぼし、渇水期には水を枯らすようになったのです。

 その油断が、2つ目の問題を顕にしました。人形工房は一石三鳥を狙って地下構造にしましたが、そのために井戸の枠を3m余り取り除いています。一石三鳥とは、建屋の背丈を低くして景観を良くするだけでなく、夏は冷たく冬は温かい井戸の原理を生かして冷暖房効果を高めたり、耐震性を良くしたりしたわけです。問題は、思わぬ事態となって現れたことです。完成間近の夜分に大雨が降り、渇水期には水が枯れるようになった井戸なのに、異常に水位が上昇する事態を生じさせたのです。これが1度目の床上浸水事件です。

 この時は、目覚めると10cmほどの水浸しになっていましたが、大工さんなど人手がありましたから直ちに水をかい出すことができ、床暖房設備はセーフでした。同時に、床下の排気口として設けてあった穴を利用して配管し、井戸水を汲み出すために、大きめの水中ポンプを設置しています。水位が上がれば自動的に作動し、さらに水位が危険域にまで達すれば警報ベルが鳴る設備です。もちろん他にもう一本、細い水中ポンプも設けており、庭の散水用に活かしてきました。また、別途持ち運び出来る中型の水中ポンプも買い求め、常備しており、このたびは2度めの活躍です。

 その後、危機一髪という事態がありました。それは京都が祇園祭で賑わっていた時で、私の不在時です。幸いなことに、昼間に警報ベルが鳴ったそうです。妻は奮闘し、中型の水中ポンプも持ちだして活かし、床上浸水を防いでいます。この時は、井戸の水位上昇(は、2つの水中ポンプで処理できており)が床上浸水の原因ではなく、妻は別の問題を発見しています。それはテラスに冠水した水が人形工房に流れ込みかねない恐れでした。

 その時にテラスでは3つの問題が生じていたわけです。@テラスの排水がうまくいっておらず、したがって冠水していたわけです。にもかかわらずA中型の水中ポンプで汲上げた水をテラスに流さざるを得ない。しかもB大雨が降り続いていた。

 テラスの水がうまく流れ去っていなかった原因は、庭の最低部分に設けている(庭に降った大部分の雨水を集めて流し去る)排水口の流量不足であろうと思います。この時に妻は、腰のあたりまで浸かりながらこの排水口のゴミ止めの網を外しています。さらに、畑まで冠水していたそうですから、その水を小倉池の方向に流し去る水路を設けています。この時は1時間に34mm程度の雨であったことも幸いしたのでしょう。やがて雨脚が収まり、事なきを得たわけです。後日、この事態を知らされた私は、畑まで冠水しないように新たな排水口を2つ設けています。

 その後、毎年のように、祇園祭の頃になると大型水中ポンプが唸り始め、うまく作動し、事なきを得てきました。つまり「停電だけが怖いね」という問題になりました。大雨には雷がつきものですし、それは停電の原因になりかねません。警報ベルが鳴らなかったり、水中ポンプが作動しなかったりしたらお手上げです。そこで、さらなる手を打たなければ、と思っていながら、いつの間にか年月が過ぎ去っていました。

 今回は、午前4時で真っ暗。体験したことがない豪雨。その状態でけたたましい警報ベルの音で妻は目覚めた。そして私を起こしていながら、その時既に妻は記憶力を失っていたのです。雨合羽をとりだし、私の後を追ってパジャマ姿のまま人形工房にたどり着き、然るべき手を打っていながら、まるっきり記憶していなかったのです。