天命や使命
 

 この経営者は2代目ですが、中興の祖の好例でしょう。20年ほど前に提案した大進化を現実化し、NHK-TVの『ルソンの壺』などでとり上げられています。大進化とは、爬虫類から哺乳類へといったよう生きる仕組み自体をかえてしまう進化のことです。つまり大進化するようにして、本末転倒に陥らずに済ませた人です。

 「儲けるのは簡単だ」「儲けたカネの活かし方が難しい」が口癖で、なるほどとうなずかせる説得力を持っています。「もうすぐ引退する年齢を迎える」「だから、儲けたカネの活かし方を考えている」「未来を切り開くための基金を創設したい」という。

 私は2つの助言をしました。1つは、過去に親交あった素晴らしい人の顔を思い出したからです。引退する年齢を己に言い聞かせるだけでなく公言したために、その宣言が一人歩きしてそれに縛られ、必ずしも成功ではなかったバトンタッチをした事例です。

 他の1つは、基金の創設について、です。未来は現代の延長線上にはないと睨み、現代の功績に照らして対象者を選択しないように、との助言です。もちろん難しいことです。しかし、この人になら、その気になれば可能だろうと思います。

 近代絵画の祖、印象派を例にとりました。母国フランスではサッパリ買い求められず、アメリカでは買い求められ、息をつないでいます。フランス人は当時のアカデミズムに縛られており、むしろ印象派をせせら笑っています。だけど、新天地を求めて命をかけ、新大陸に渡った人の目には、印象派の人たちが次代に寄せた心意気が伝わったのでしょう。

 受賞者の5人に1人でもよい、100年後の人々が、ポスト近代はこの人たちが切り拓いたという人が入っている賞にして欲しい。もし、100年後にポスト近代を切り拓いた人々の顔ぶれが揃ったら、そのほとんどが「この賞を受賞していた」と評価されることを願いたい。ノーベル賞の二の舞では、ノーベル賞以上の基金を設けても二番煎じになりかねない。基金の多少を問わず、未来志向の基金にしてみてはどうか、との助言でした。

 なぜか彼は、一度命拾いをした話題を持ち出しました。かつて大事故を起こしたJALの切符を持って東京に出張したときの話です。交渉相手に拒否されて、やむなく取って返すことになりました。苦労の末に、偶然のごとくキャンセル待ちの切符が手に入った。それを皮切りに、次々とギリギリと偶然がかさなり、無事に関西に帰着した。

 彼はその「おかげで」とは言わなかった。その「せいで」誰かが一人、代わりに犠牲になったわけです、とつないだ。私は、この「せいで」という言葉の活かし方を学びながら、この人ならよい基金を作るにちがいない、と期待しました。