アドルフ・ヒットラーを思い出した
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第一次世界大戦に敗れたドイツは、理不尽な領土の失い方をしていたのでしょう。そこに目をつけたヒトラーは、その奪回を歌い上げて人気を博し、国民感情を煽情し、国民投票で総統の権力まで手に入れています。後は思い放題。結果は多くの国民を犠牲にし、再び国土を焦土と化し、東西分割だけでなくドイツ人から見れば理不尽な領土の失い方もしているようです。 しかしドイツは、国の力と国の威信を高めることによって、いわばタナボタ式に東西を統一し、さらには、理不尽な失い方をした領土問題には触らず、EUにおける先導的な立場を占めることによって、未来への大きな展望を開こうとしています。つまり、経済的資産よりも人的資産を優先し、未来は経済的資本よりも人的資本が切り開くはず、と見ているのではないでしょうか。 日本は今、この逆の動き方をしているように見えてなりません。それは石原慎太郎が知事の立場を生かし、国を揺さぶり、やぶ蛇のようなことをさせたところに原因があります。まるでヒトラーのごとき扇情法の画策に国が載せられ、国を窮地に陥れているように思われてなりません。たとえこの経済的資産の獲得に勝利したとしても、失う人的資産には計り知れないものがあります。 どうしてアジアと仲良くなって世界に睨みを効かせ、世界平和を維持する道を切り拓き、「より良き地球を後世に残そうとする心」を蔓延させようとしないのでしょうか。その力や立場を、今の日本ならまだ持ち得ています。実にもったいない。 |
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