それだけに
 

 アイトワ塾で、塾生の討論を聞きながら考えたことです。要は、「他力本願」と「利己心」から「気概」や「気骨」は生まれようがない、と考えたのです。しかし、それは日本の暗い時代、つまり太平洋戦争に至る時代がそうさせたように思割れたならなくなりました。「気概」や「気骨」が食い物にされた時代ではなかったでしょうか。

 こんなことを考えている間に、お釈迦さまの「天上天下 唯我独尊」も誤解されているのではないか、と思うに至りました。字引によれば、「世の中には自分ほど偉いものはいない、と自惚れること」といった説明がされていますが、間違っているのでなないでしょうか。

 「他力本願」と「利己心」ではいけない、「自力本願」たれ、そして「利他の心」であれ、都の呼びかけではなかったか。そのためにはまず自分を見なおせ、己の潜在能力を見直せ、そしてそれを大切にして活かせ、との呼びかけではないでしょうか。