「長島」の魅力
 

 長島は、ヘゴ(樹木のようなシダ)が自生する自然繁殖の北限であり、「温州ミカン」の故郷でした。

 江戸時代に、中国から輸入したミカンから、むきやすくて種のないミカンが現れ、今日に至っている。昭和11年まで、樹齢300年、幹回り1.8mの古木があった。今日、日本に1億本以上の温州ミカンの木があり、300トン生産している。

 長島には5世紀から6世紀後半にかけて造られた200基以上もの古墳があり、古墳群として6か所に分散して存在している。石器も出土しています。

 隠れキリシタンはいなかったといわれてきたそうですが、近年その存在を裏付けそうな発見があったといいます。ある古刀のつかを外すと、そこに十字が刻まれていたというのです。

 「御八日(おようか)踊り」が毎年8月8日(元は)に盛大に行われている、と聞きました。この話に触れたときに、わたしは強烈な思い出を振り返っており、「御八日踊り」について調べ始めています。

 それはともかく、徳重さんに蔵之元まで車で迎える、と言ってもらえていなかったら、復路も単なる通過地に過ぎなかったのだ、と思うと不思議な気分にされています。

 フェリーで30分、長島の蔵之元港に着き、そこで2時間ものバスの待ち時間がありました。そうと知った徳重さんは、まず「蔵之元港まで車で迎える」と決めて下さった。次の電話で、都城から蔵之元港までは遠い(160kmも離れている)ので、「運転してくれる人を探せた」と知らせてくださった。もちろん私は、新幹線の出水(いずみ)駅までバスで1時間かけて出て、そこで落ち合う方が合理的と主張しました。しかし取り合ってもらえませんでした。

 結果、徳重さんの車を待ちましたが、2時間以上もかかり、乗り込もうとしていたバスは発車した後でした。やっとこさ辿りついた徳重さんは、運転してくれた人と「楽しい話ができた」と疲れた様子もありません。

 私たち夫婦は、蔵之元港で唯一(?)の食堂で昼食をとりましたが、たっぷり時間があったおかげで、食堂のご主人と会話が弾み、思わぬ史実に触れることができたのです。自家用車での道のりでしたから、道中の民俗資料館に立ち寄らせてもらえたのです。そして、「御八日踊り」のいわれもあらかたつかめた次第です。

 ちなみに、都城での昼食は運転を(常会をキャンセルして)買って出てくださった吉村さんのお宅でとりました。紅梅園の梅干を使ったおにぎりと、吉村さんの奥さんの手作りのつくだ煮や「おとめ」という品種のとても甘い焼き芋でした。

 その夜の旅館では、とても優雅な温泉を楽しんでいます。
 

「御八日踊り」のいわれもあらかたつかめた

昼食を吉村さんのお宅でとりました

とても優雅な温泉

とても優雅な温泉