最後の課題
 彬さんは、わが家の(ツルハシやカケヤなど力を振り絞るタイプの)道具を次々と壊しました。最初の、ツルハシの柄を折ったときは、「道具(は用いる人の体の延長、あるいは体の一部であるとの認識の下に、工夫して用い、世代を超えて技や巧を伝承するために活かすぐらい)の使いこなし方をしてほしい」とさとしましたが、うまく通じなかったようです。

 それはともかく、丈夫な柄を折ってしまったことは、それだけ「夢中になってしまう人だろう」とむしろ好意的に受け止めています。ですからその後、カケヤを潰したときは、異なる方向からの助言などを試み始めています。まず、彼が「戦時中に生きていたとしたら」と考えて、ある比喩を用いてさとしたわけです。次いで、潰れたカケヤを私が半日かけて補修して見せました。

 その後、ツルハシとカケヤの他にも、幾つかの道具を潰しました。その1つを取り上げて「これだけは直してからアイトワを引き上げてください」「その他の時間は、その後の日々のために好きなように生かしなさい」と、課題を与えました。これだけとは、振りかざし型大型ハンマーのことで、代替の柄を与えて、折った柄を付け替えさせたのです。

 思ったより手早く仕上げました。そして、他の課題にも挑戦したい様子でした。そこで、ノコギの目立テを提案しました。それに乗り気と見た私は、過去に私が潰してしまい、なんとか補修したノコギリを見せ、そのいきさつを語っています。

 その日の夕刻、私が横穴をふさぐ扉を作ろうとすると、それにも参画を希望しました。この横穴(は戦時中に母が作った穴の再現ですが)の入口を、何とかして断熱性のある板で塞ぎ、内外の温度差を彬さんに体で覚えてもらいたく思ったのです。母は、コイモなどを越冬させていたように記憶しています。そこで、発泡スチロールを断熱材として用いて、一から手ほどきをしています。そして妻に、横穴の中に缶入りの発泡酒を入れさせました。

 この大工仕事を始めた際に、妻のちょっとした要望を思い出し、教材として活かしています。それは、ピザのベースを伸ばすために作った)長四角の大きなまな板の補修です。「正方形にしてほしい、と頼まれていたのです。妻が正方形と感じるように、長辺を少し長くする工夫が必要であることを彬さんに気付かせています。

 妻は、ニラの畝を題材にして、植え替えの指導をしました。それは、株分け、株を植え付ける深さ、そして葉を切り取っておくことです。その切り取った葉は、餃子になった次第です。もちろん、たくさんある株の内の半分は、彬さんが植えたままにしています。それは仮植えと位置付けており、いずれ掘り出して葉を収穫したうえで本植えするつもりです。ちなみに、餃子で使い切れなかったニラの葉を、妻は活かし方を考えて、彬さんにも味あわせています。

 彬さんは有機野菜を用いた料理にも興味を持っています。ですから、三食のうちの一食は彬さんに受け持たせ、少しは即時作りで「楽をしよう」と当初は考えていましたが、とうとう一回だけ、セロリを用いた一品の競作だけで終わっています。むしろ妻は、畑にある食材を基本にして、こうした活かし方があるということを伝えたかったのでしょう。

 アナベルの木にズイムシが入ったことに妻が気付いた金曜日の朝は、農薬をピンポイントで活かす好例と見て、私はバイトに出かける前の彬さんをつかまえ、注射器を用いるズイムシ退治の仕方を学んでもらっています。その日の夕刻、彬さんはいつもより早めに帰宅しました。出掛ける前に、私が3つの鬼瓦を(セメントを用いて)固定する、と伝えてあったからでしょう。

 そこで、まず彬さんを助手として、煙突掃除をしました。「煙突掃除という目的」を、3つの「鬼瓦を固定するための手段」として活かして見せたかったのです。煙突掃除で出たススを混ぜ込み、瓦と似た色のセメントを練り上げ、瓦と土台を固定したり、欠けた部分を補修したりしたわけです。また、鬼瓦を固定するために、別の瓦を相方としていかしましたが、その瓦は棟瓦です。それを半分に切って縮めたものを用いました。その残りをアクセサリーとして生かすことにしたのですが、スス入りのセメントを用いて底をつけました。

 土曜日は、彬さんの希望に従って、木の枝の落とし方を指導しました。まず手本と見本を示し、実践してよい枝(カエデ)を指定しました。もちろん、枝を落とす時期としては不適切です。しかし、上手な落とし方を体で覚えてもらいたかったのです。きっと後日、見てもらった折に、良い切り落とし方をしていたことが分かるはず、と私は考えています。

 分かれの日が刻々と近づくにつれて、奇妙な心境にされています。きっと、子どもを異郷の長旅に出すときの親はこのような心境にされるのではないでしょうか。
 

発泡スチロールを断熱材として用いて、一から手ほどきをしています

たくさんある株の内の半分は、彬さんが植えたままにしています

注射器を用いるズイムシ退治の仕方を学んでもらっています

欠けた部分を補修したりしたわけです

スス入りのセメントを用いて底をつけました