ハプニング
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早起きして小倉山に登り、妻が気に入っている「展望台で朝食!」としゃれ込むことにしたわけです。この朝も、まるでライトアップのごとき見事な日の出でした 網田さんは私よりも早くき出して、すでにランタンの補修中でした。銅線が酸化して光沢をなくすのを「待っておれない」とばかりに、藤ヅルを巻きつけている最中でした。その光景を眺めながら、前日の間にランタンに火が燈るようにしておいてよかった、と思ったものです。 妻もこの日は早起きでした。山登りに持参するお弁当を作っていたのです。それがほぼ出来上がったところで、私たちの隣の部屋で寝てもらっていた鈴江さんが起きてきましたから、リンゴの皮むきをしてもらい、完成させました。そのころには網田さんのひと仕事はほぼ終わっていました。 道中で、わが家の庭の東南の角あたりから南西を望むと、今年は自生の渋柿も豊作だと分かりました。近く「実をとって、吊るし柿にしなくては」と考えながら小倉池に沿って歩みました。そして池の反対側からわが家を振り返ると、7分ほど紅葉が進んでいました。 展望台を目指す一本道に至ったあたりから見下ろすと、保津川の河畔も7分方紅葉が進んでいました。やがて、妻好みの席に到着。弁当を開き、お茶を注ぎました。この位置から、対岸の山中にあり、朝日に輝く大悲閣がよく見えました。網田さんと鈴江さんは、過日のアイトワ塾の合宿に参加しており、この展望閣の中で一夜を過ごしています。 「あの時は」と、肋骨を折ってヒイヒイ言っていた最中でしたが、夜を徹しての討論を振り返りました。治ってしまえば、あの息もまともにできなかった苦しみをすっかり忘れていたわけです。「酸素ボンベを、探さないといけないネ」と、妻に念を押しました。 肌寒い朝でしたが、四方八方の景色を展望しながら、五感で存分に朝の食事を楽しみました。 帰途、山腹に生えている自生の渋柿のそばを通りながら、「今年は、柿の葉寿司を作れませんネ」と妻が寂しそうでした。帰宅して、その気になって柿の落ち葉を点検しましたが、柿の葉寿司に使えそうな葉は見当たらず、木にも綺麗な葉は残っていませんでした。 妻がわが家流柿の葉寿司を造り始めて40年近くになるわけですが、このような年は初めてです。 それにしても、大変な一週間でした。 |
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鈴江さんにリンゴの皮むきをしてもらい、完成させました |
わが家を振り返ると、7分ほど紅葉が進んでいました |
保津川の河畔も7分方紅葉が進んでいました |
弁当を開き、お茶を注ぎました |
朝日に輝く大悲閣がよく見えました |
自生の渋柿 |
柿の葉寿司に使えそうな葉は見当たらず |