そのおかげで

 

 心臓にペースメーカーを取り付けた人の心境を、これで知り得たのかもしれません。常にその機械的なペースに合わせて動かなければいけないのでしょう。なにせ久しぶりに瞬発力を要する力仕事でしたから、その後の息は乱れに乱れ、心臓の性能不足を露わにさせました。要は、中型車のボディに、軽4輪ほどの性能になったエンジンを積んでいるようなものです。

 湿った土が詰まった筒を、そっくりそのまま一輪車の上に持ち揚げたかったのです。もちろん、今の私一人の力では無理とすぐに分かり、妻の手を借りることにしたのですが、それでもうまく行きませんでした。なにせ一輪車ですから、荷台の先の端に載せたのではバランスが崩れ、ひっくりかえってしまいます。足場も悪かった。とはいえ今さらひっくり返したのでは、そこまで持ち上げた努力が無になってしまいます。

 「それぐらいのことが分からンのか」と妻を叱咤激励し、昔取った杵柄とばかりに踏ん張ってことを成し遂げました。100kgほどあったのでしょう。妻もこうなると投げ出さず、頑張る人です。そのようなわけで、なんとかやり遂げたのですが、その後がイ・ケ・ナ・カった。「孝之さんは、本当にバカなのかカシコなのか分かりません」と怒り出したのです。「もっと賢いやり方があるでしょう」との叱責です。ちなみにそのやり方は、これまでの2本で試みたことです。

 今から振り返ると、きっと妻は、投げ出して「手を放すと」私がひっくり返りかねない、と思って頑張ったのでしょう。もとより私は、妻が投げ出すことなど思ってもいませんから罵倒しました。ですから成し遂げられたのですが、私は「どうだ」「やればできただろう」と胸を張ったのに対して、妻はバカげている、と思ったわけです。

 それはともかく、おかげで予期せぬものを目にしました、筒のプラスチック波板を解いたときのことです。半透明の波板に沿ってニュルニュルと白くて奇妙な長い根が伸びていたのです。「?!?」と思って土を崩し始めました。そこであわててカメラを取りに走り、写真に収めました。そして、根の折れた部分の香りをかいでみましたが、ゴボウとは思いませんでした。

 心して土を崩したところ、ゴボウの根だと分かりました。太いゴボウの本体につながっていたからです。この筒には太いゴボウが3本残っていました。この3本の前に、妻が2本を引き抜いておせち料理などに用いています。もちろんその時は、引き抜くときに太い根をひきちぎり、土の中に残したのでしょう。妻は気付いていません。あるいは、このポキポキ折れる軟らかい根は、年末から今日までの2カ月の間に太ったのかもしれません。

 それはともかく、私が台所に持ち込んだ太い根を、妻は(皮のむきようがないし、軟らかそうだから)洗っただけでキンピラにしました。何ともいえない美味でした。妻はとうとう一切れも食べませんでしたが、調理中に味見でもしてくれていたら、と願っています。

 この2日後のことです。論壇風発した友人の1人に泊まってもらいましたが、妻は翌日の朝食にこのゴボウ本体のキンピラを振る舞っています。とても好評でした。私は心ひそかに「来年は」この友人に、掘りたての「ひげ根」のキンピラを味わってもらいたい、と思っています。

 ちなみに、このたびの筒に入れた土は、これまでの2本とは変えています。その一番異なるところは、土をフルって小石も取り除いた点です。
 


奇妙な長い根が伸びていた

洗っただけでキンピラにしました