円滑に引き継げるように
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調理人(夫の哲範さん)が携わることになったわけです(この写真は岡部さんに撮ってもらいました)し、一家族の生活が懸かることになりました。おのずと「やり方」に変化が生じます。哲範さんはイタリヤ料理と中華料理で生きてきましたが、これからはアイトワ流の食に精通しなければならず、葛藤の日々が続くことでしょう。 きっと、人形教室に集う人たちにいろいろとお世話になりながら、腕を磨くことになり酢です。それは、「これぞ」という「次代が微笑みかけてくるような食べ物のあり方の確立」に情熱を傾けることでしょう。それは安心や安全だけでなく、また美味しさや心身の健康だけでなく、大げさに言えば南北問題の解消にもつながるようなあり方が求められる、と私は考えています。 そのために、アイトワの存在が、これからどのような人の目に触れていただきやすくなれば望ましいのか、そのあり方はなどを、これまで通りに宣伝広告費などに経費をかけずに、工夫しなければなりません。もちろん、休日の設け方も変えなければならないでしょう。印刷物も似て非なる刷新が求められることでしょう。その意味で、岡部さんの知恵を借りたい。 この意味でもラッキーでした。この5日は、岡部さんの活動が生み出した企画「体操服、いってらっしゃい・おかえりなさいプロジェクト」の関係で松山を訪ねます。 |
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