こんなことすら知らずに
 

 チェルノブイリ原発がウクライナにあったことを実感していなかった。ソ連での出来事であった、と記憶していた。ウクライナに住まう人々にとって重大な問題なのに、ロシアの問題だったと思っていた。ウクライナには19基もの原発があり、内チェルノブイリの4基は閉鎖。新たに2基を建設中。

 かつてカザフスタンを訪れたことがあるが、その時に、ソ連の原水爆実験は多々カザフスタンで行われていたことを知って驚かされている。ロシアは、原水爆実験や原発はキチンと辺境の地を選んで行っていたわけだ。

 余談だが、カザフスタンを訪れた時に、アラル海(世界で4番目に大きかった湖)で生じていた大問題(ソ連が集団農法の成功事例と喧伝していたが、その裏で生じていた大問題)を体感している。この金曜日に、ほぼ干上がったことを知った。              (120401自然計画 人類の行く末)

 他にもこんなことすら知らずに、と恥ずかしくなったことがある。この2週間余は「正気」のありように興味を抱き、読み漁った書籍がある。その中で初めて知って初歩的なことで、想像の範疇に入っていて当然と思われたことなのに、想像すらしていなかったことを思い知らされ、反省している。

 集英社「戦争文学・闇」の『戦争の深淵』、同「日本文学全集」の『火野葦平・田村泰次郎』、あるいは文春文庫の古山高麗雄『二十三の戦争短編小説』なども読み進んだ。

 これらを選んだ理由は、新聞の論壇時評で見た一文にある。中国戦線に派兵された兵士の1人が己の「正気」のほどを自覚したくて守った決め事に感心したからだ。それは民衆を殺さない。従軍慰安婦とかかわらない。

 これまで私は「督戦部隊」の存在を知らなかった。曰く、「やや離れた場所に、風の唸りと、砂嵐と、闇とにへだてられ、はっきりとは見えないが、こちらのなりゆきを、体中のすべての感覚を獣みたいに鋭く働かせて見守っている数知れない人影を見た」、督戦部隊だ。この度、この部隊の存在を知り、連想できたことがある。妄想を巡らせたこともある。

 「ラオパイシン(老百姓)」と呼んで、日本兵は「中国人の人格」を認めず、「野良犬や虫けらと少しも違う存在ではなかった」と見ていたことも知り、いたたまれない気分にされた。そのように思い込まされていた多くの当時の日本人が哀れに思われた。

 「じん滅作戦」も知らなかった。集落を焼き尽くし、住民を皆殺しにして「犬の子一匹も活かしておいてはいけない」攻め方だが、現実に展開されていた、という。

 それだけに、敗戦前を知る半藤一利が、見出しに用いた「朝日のバッシングに見た『戦争前夜』」という一文が不気味に感じられた。隠し事や、歪曲が増えているのだろう。

 もっとも大切なことは、真実を明らかにすることではないか。間違いは間違いと認めることが肝心で、それを認めようとしないところに諸悪の根源があるのではないか。たとえば水俣問題。この問題は、今も尾を引いている。安倍さんは、済んだ問題と公言したが、その後も提訴が続いている。

 真実を広く国民に知らせ、国民一人一人が自分の頭で考えて判断を下せるようにすることが、真の愛国心の源泉であり、真の安全保障の根本ではないか。

 実は私は、石橋湛山を真に国を思っていた1人と見ている。その想いの下に今の政界を眺めると、真に国を思っていそうな人が見当たらないようで、不安になっている。

 石橋湛山は大正時代に、「大日本主義」を幻想と捉え、日本人に「一切を棄つるの覚悟」を説いていた。日本が中国に突き付けた「二十一カ条要求」を非難し、曰く「吾輩は寧ろ此の際青島を還したい。満州を還したい。旅順も還したい。其の他一切の利権を挙げて還したい。而して同時に世界の列強に向かっても、わが国と同様の態度に出でしめたい。而して支那をして自分のことは自分で一切処理するようにせしめたい」。

 今から見ればごく当たり前の提言であり、もし日本がその方向に歩んでいたら、今頃は世界から尊敬される国になっていたことだろう。「EU」より前に、つまりヨーロッパのEではなく東洋のEの「EU」誕生も夢ではなかったわけだ。

 きっと、西郷隆盛が朝鮮に対して描いていた想いと相通じるところがあったのだろう。

 日本はこうした想いとは逆行し、平和裏の繁栄を成し遂げようとする人を過激な人と見なしたりして、国賊とか非国民呼ばわりして抑え込み、日本を破滅させた。そうした異様な負の熱気を国民は『戦争前夜』に漂わせていたのだろう。扇動などもあったのだろう。

 1944年の夏、敗戦の前年、私は母に手を引かれて京都に疎開した。その挨拶で訪れた金子さんというお宅で、母は「奥さん、ニッポンは負けますヨ。負けて真っ二つにされますヨ」と聞かされた。その帰路、母は真っ暗な夜道で私の手を強く握りながら、しきりに、金子さんを「国賊」とか「非国民」呼ばわりしていた。

 もちろん、諸外国も多々間違いをおかす。この日(10月1日水曜日) 朝のTVニュースは、イギリスがイスラム国への爆撃に参戦した、と報じていた。それを聴きながら「愚かなことを始めたものだ」と思った。欧米からも若者が続々とイスラム国に駆けつけている。どこまでの考え方をしているのかはもちろん知らない。だが、その若者の感受性には要注意、と思う。

 その感受性が、第3次世界大戦を感知していてほしい。自国を守ろうとする人と、地球を護ろうとする人との戦いだ。でも、そうした人には地球のために命を大事にしてほしい。

 
ほぼ干上がった