特別のプログラム
 

 8時半の来客(職人技を誇る小さな会社の経営者で、恒例の暮れの挨拶)を送り出し、再び受け入れ準備(作業内容の点検や道具の手配など)をしていると、妻が「皆さんお着きです」と叫ぶ声、予定通りに10時。門扉まで飛んで行くと、なんと網田さんもご到着。学生は女子4名、男子6名でした。1名、欠席。

 この佛教大生の受け入れは、5年前まで続いた教員引率の半日講義がキッカケだ。そもそものキッカかけは、その高名な京大教授はその何年か前まで半日講義でゼミ生を引率されていたが、退官後は佛教大に職を得て、その講義の一環としてまたゼミ生の引率を始まったもの。しかし数年前に佛教大も定年で退かれた。

 そのあとを継ぐようにして、佛教大の有志学生が訪ねてくれた。その希望を聴き入れ、バーター取引で応じることになった。やがてその参加人数が増え、弁当と軍手持参になる。その後、人数だけでなく女子学生の比率も高まり、次第に私にとっても有意義な機会(教育プログラム)になっていった。その様子を垣間見てきた網田さんに、「邪魔しまへんから」と言ってもらえ、このたびの終日参加を希望してもらえた。きっと、庭仕事に真剣に取り組む学生の姿に心惹かれてのことだろう。

 バーターとは、私がこのプログラムに割く時間(受け入れ準備、演習と説話、そして後片付けなど)を、学生が(自己責任の下に手助けしてくれる)勤労で埋め合わせてもらうこと。

 そのうちに私は賢くなり、複数の手でないと成し遂げられない作業に取り組んでもらうようになる。その共同作業が、学生にとっても心地よさそうに見受けられたので、今では少しでも難しさを感じる作業は、2人一組で取り組んでもらうようにしている。そして、全員が持ち場を変えてその日のすべての作業を経験するようにしてもらっている。

 かくしてこの日になった。幸いなことに、女子学生の中に、私には忘れようがない1人の顔が見えた。かつて「この生活に、辛い事ってありますか」と質問した人だ。だから、挨拶代りに「今日は辛いことを見つけ出してほしい」と声をかけた・

 いつものごとく、この日のプログラムを説明して回ることになった。この日は2本のクヌギの伐採を含めていた。この木は、周りの木と競争しながらヒコバエから育った関係で、樹高は10mをはるかに超えており、細長い木だ。「この木を根元から切り取ってしまう」「ただし、側に生えているヤマブキなどの灌木やスイセンを傷めてはいけない」などと語り、次の作業場に移る。

 やや太いマキの木の切り取り、3本の太い枯れ竹の切り取り、モミジのトンネルの落ち葉かき、そして、山のように積んだ剪定クズを(焚き火で)片づけてほしい。もちろん他に、手伝ってもらいたいことはたくさんある。たとえば、焚火をする前に、スギの落ち枝拾いをするなど。

 結局彼らは、一輪車を操る2つの作業、10個余りの石運びと10束ほどの薪を、一輪車道を通って運び上げ作業や、ブロアーも駆使してヒノキ林の落ち葉掃除にも取り組んだ。

 3本目の太い枯れ竹の切り取りでは、前任の2人に代わって2人の女子学生がごく自然に取り組んでいた。これぞまさに男女同権、と思わせられ、まことに感激した。

 次いで目をとめたのは、決して目が離せない作業と見ていたクヌギの伐採だった。急斜面に生えており、極めてハシゴが掛けにくに。スライドハシゴ、ノコギリ、そしてロープを与えてあったが、それらを危険な用い方をしていた。

 それはスライドハシゴを、座りがよい所にハシゴを延ばさずにかけたことに問題があった。ハシゴに登って安全ではあったが、その後の作業が危険性を伴っていた。ハシゴを登ったところから手の届く範囲でノコギリを入れており、木の上部を切り落とそうとしている、と見たからで。この木の傾き加減から言えば、(ノコギリを入れている)人の上に木が倒れてきかねない。また、倒れた木が、ヤマブキやスイセンなどを下敷きにしてしまいかねない。

 この日は、「巻き落とし」と「だるま落とし」の2つの方式を学んでもらおうとしていた。これらの技は、私が1人で庭木の管理をする上で編み出した業であり、上手に取り組めば、回りの植物を犠牲にせずに済ませられる。しかし、下手をすると怪我をしかねない。

 そこで「待っていました」とばかりに、老人の木登りを試みることにした。要は、山本五十六(やってみて、言って聞かせてやらせてみ、褒めてやらねば人は動かじ)とは異なるやり方の採用だ。まず考えてもらい、その考えを検証し、考え方を強化してもらいたい。

 「巻き落とし」方式。木の背丈の半ばよりも上部にノコギリを入れ、8〜9分切って、その上部を、切り口を中心にして円弧を描くようにして倒す方式だ。うまく行けば、倒した上部が逆さまになってぶら下がった形なる。そのご、ハシゴをおりながら、上部の枝払いをし、最後は上部を切り取る。

 学生は、急な坂に生えたこの木の坂の下部にハシゴを立てていたので、この木の根元から5分の1ほどのところにノコギリを入れ始め、すでに7分以上切り込んでいた。

 そこで、まずハシゴを坂の上部に移し、スライドハシゴをツツ一杯に伸ばし、木の根元からぼ垂直にその木にかけ、ハシゴが倒れないように学生に支えてもらうことにした。そして、私が登ってハシゴの上部を木に結わえつけた。

 その上で、モーメントアームという物理用語(高校で習ったはず)を用いて解説。ハシゴを斜めにかけると(体重が木に入れた切れ目よりはるか上部にかかることになり)木をへし折りかねない。また、木の傾きなどを見て、倒れやすい方向を見定める必要がある、など。

 その上で、ノコギリをもって上り直し、根元から半ば以上のところで切り直し始めた。8分ほど切り込みを入れたところで一息入れ、次の解説。風の方向が変わるのを待つ。都合がよい風が来た、と見てとると一気にノコギリを入れ、メシメシと木が傾くのを待つ。そして、メシメシと言い出した時に、学生に「見ておれ」と声をかけ、何が生じるのかを見せる。上部の木が、切り口を中心にして円弧を描いて倒れる光景であり、その時に生じる反動だ。うっかりすると、その反動で作業人は飛ばされ、地上に叩き落とされかねない。「巻き落とし」方式の、命がけの瞬間である

 後者の「だるま落とし」方式は、多くの学生が認識している「遊び」の応用ダ。この方式は、竹が(樹木などと一緒に入り込んで茂っているなど)密生しており、横倒しにしにくいところで採用する。この日も、この方式で2人の女子学生が、15ほどの背丈があり直径13pほどの枯れ竹に挑戦していた。根元から1.5mほどのところでまず切り取り、上部を垂直に落とす。この作業を繰り返してすべてを切り取ってしまう。

 このたびのクヌギの場合は、ハシゴに登り、なるべく上部でほぼ水平に切り口を入れ、切りはなす。切り話せたところで、すかさずドンと突いて切り口をずらし、上部を垂直に落とす。この手法の命がけの部分は、垂直に落ちる木の上部の枝に、体を引っかけられかねないこと。

 メシメシとかドサッと、大きな音がたち、ザワッと枯れ葉やこずえが風を巻き起こす作業であり、学生は目を見開いていた。私は「ヤレヤレ」と胸をなでおろし、往年を振り返った。

 かくして、当日は2本のクヌギ、と太めのマキの木(その上部は過去に切り取っている)を切り出し、後日シイタケのホタギと薪にする

 希望参加した網田さんには、これまでに2度ほど講義日に訪ねてもらったことがあり、見学してもらっている。そこで、私は昼食時の話題に、妻はオヤツの内容に、と工夫をこらすことになった。

 話題は「食」と「夫婦」のあり方に絞ることにした。その関係で、この日の話題を思い出すトリガー(引き鉄)になるようにと計らい、前もって日生の生カキを取り寄せておいた。庭のホースラディッシュを活かす算段だ。

 そして私は「二人扶持」を取り上げ、結婚観が文化の時代と文明が進んだ今日では一転していたことを解説した。要は、1人では生きてゆけない収入であれ、小さな大人として育てられた人が成長し、助け合えば何とかやりくりできる、と結婚を勧めるときなどに用いた言葉だ。

 網田さんはすかさず「手鍋下げても」と、切り出し、手鍋1つから所帯を構え、助け合って立派な家庭を築いて行く意欲や気力の大切さを語り始めた。時を得た補足であった。

 問題は「食」だった。網田さんが(奥さん手作りと見た)手弁当持参とは知る由もない妻が、3人分のラーメンを用意してしまったからだ。その1つは、ヒョッコリ訪ねてもらえた後藤さんのためだった。だから、網田さんが弁当を手作りする大切さを語り始めたのに、1つ余った昼食が話題になり、焦点がぼけてしまったことだ。

 この日、2人の予期せぬ来訪者があった。後藤さんともう一人、舞鶴さんだった。後藤さんは、日曜日に届けてもらいたくて頼んであった代物を持参してもらったものだが、その代物は私の忘れ物で、舞鶴さんにあずかってもらっていた。舞鶴さんは「モミガラが手に入った」といって届けてもらえたが、お茶も出せずに引き取ってもらわざるを得なかった。

 でも、このモミガラは、1つのレクチャーに生かした。冨美男さんにもらって植え付けたキャベツの苗を、寒さから保護するために根元に分厚く敷くために生かした。

 バタバタしたことも生じたが、作業をとどこおりなく終え、焼き芋も焼き上げられた。そのイモを私が食べ終えたのが5時。妻が次の来客の到着を伝えた。イモを食べ終えていない学生もいたが、別れを告げただけで、見送れずじまいになった。

 5時の来客(この人も職人技を誇る小さな会社の経営者で、恒例の暮れの挨拶)とは少し込み入った話があり、8時近くになり、網田さんも見送れなかった。

 この日、「この生活に、辛い事ってありますか」と質問した女子学生は、この日も辛いことを見出せなったようだ。それは同道した学生仲間と息がよく合っていたことの証明だとも思う。

 この間に、網田さんは学生と行動を共にすることをあきらめ、後藤さんに勧められるままに、竹の入り口を飾る四つ目垣つくりで職人技を駆使し始めている。この仕上がりは次週初め。


 

モミジのトンネルの落ち葉かき

剪定クズを(焚き火で)片づけてほしい

2人の女子学生がごく自然に取り組んでいた

「巻き落とし」方式の、命がけの瞬間である

学生は目を見開いていた

後日シイタケのホタギと薪にする

焼き芋も焼き上げられた

四つ目垣つくりで職人技を駆使し始めている