特別な人たち

 

 この人たち(わが家の庭仕事を手伝いに来る佛教大学の学生たち)は自分では意識していないようだが、私には分かっていることがある。2年続けて大学祭に行き、彼らの活動を観て、私の観方でほぼ間違いない、と見てとった。それは、彼らが「次代が微笑みかける生き方を」感受性で気が付いている、ということだ。

 もちろん、「次代が何たるかが分かっているのか」と問い詰められたら、私は答えに窮する。だが言えることもある。42年前に策定した私たち夫婦の生きる指針「アイトワの理念」は古びていない。私その理念に従って、半世紀にわたって生きてきたが、次第に快適になっている。

 彼らは、わが家の庭仕事を、弁当と軍手を持参で手伝いにくる。作業の狙いと効果を伝え、道具を与えて挑戦してもらう。もちろん私は、本来なら私がすべき作業を彼らに与えているわけだから、助けてもらっている一面がある。そのお礼として、それぞれの作業の意義や効果、あるいはそれ以上のことを語るなど、学生を私は来客として扱っている一面もある。

 この度のアルバイトに携わってくれた2人にも、来客のごとく泊まってもらっている。もちろんそれは、繁忙期に、後片付けなどで遅くなり、泊まってもらいたくなった時の予行演習だったが、昨秋はその必要性がなかった。でもそれでよかったと思っている。

 だから妻は、繁忙期が終わった今も、思うところがあって2人を迎え続けていた、という。将来を見据えて、彼女たちに身に着けておいてもらいたい(と妻が思った)ことを「勧めてみたい」と、思うようになったからだ。そしてその試みが(彼女たちが得心して)うまく行けば、後輩にも引き継いでもらいたい、と願っているが如何か、との相談だった。

 私は即座に賛成した。私もこの2人をはじめ、手助けに来てくれる学生に、真正面から人生に取り組み(世の中を上手に泳ごうとするのではなく)、幸せになってもらいたい。

 かねてから私は、世の中は早晩、根底からひっくり返る、と見て来た。だから「アイトワの理念」を見定め、ぶれないように己に言い聞かせてきた。その経験から、次代は本物の職人が大切になる時代でもある、とこの30年来、言い続けてきた。

 本物とは、機械に依存する人ではなく、道具を駆使し、わが身の延長のごとくに使いこなそうとする人であり、使いこなせる人のことだ。裏返していえば、お金さえ出せば誰にでも手に入るコピー(複製品)に翻弄されずに、この世にたった1つのオリジナルを尊重する人だ。たとえ粥であれ、その人のために自ら手造りして振る舞いたい、と思う人でもある。

 この2人に、妻はまず、ゲストハウスの掃除を言いつけることにした、という。ゲストハウスとは、妻が掃除をして2人を迎え入れ、泊まってもらった住空間だ。今は亡き両親が住んでいた母屋だが、ゲストハウスとして活かしている。その掃除に当たらせることにした、という。

 2人が家庭を持てば、おのずと関わらなければならなくなる作業である。そして2人が、より幸せになろうとすれば、避けて通れない作業だと思う、と妻は言う。つまり、己にできる最高のもてなし方、それは家屋を開け放ち、迎え入れることではないか。その生き方の片鱗を身に着けてもらいたくなったようだ。私は1も2もなく賛成した。

 妻はまるで、2人を娘のように扱いはじめた、と見た。

 そもそも、このアルバイトは、ある一言がキッカケになっている。それは、この2人の先輩が(庭仕事の手伝いに来た日の帰りがけに)発した一言だ。この生活に「辛いこと、ってありますか」と、その人は言った。実はその人に、昨秋の繁忙期に、泊りがけでアルバイトに当たってもらい、わが家の生き方をもっと深く体験してもらいたく思っていた。より深くわが家の生き方を体験し た上で、「辛いこと」の有無を体験してもらいたかったからだ。だが、それは実現せず、1回生の2人が当たってもらうことになった。そして今日に至っている。

 妻はこの2人に、妻が願うありようを体験してもらい、出来れば後輩に引き継いでいってもらえるようになり、1つの伝統が出来ることを願っているようだ。