京都はスゴイ、と思った。この手土産は天和2年創業という。333年の歴史だ。私は71年前の1944(昭和19)年に、母に手を引かれてこの地に疎開。結果、棲みついた。四国は阿波の出身であった母は、終生京都の奥深さに馴染めない一面を感じていた。だが逆に、私は幼いころから京都のもっと奥深い一面に触れる機会を得ており、その魅力に取りつかれて来た。
転がり込んだ家の伯母がよかったのかもしれない。村がよかったのかもしれない。当時の文化がよかったことは間違いない。真の安心安全〈と幼心に私は受け止めた〉を感じている。
この粟餅は、私にとっては「初モノです」と喜ぶと、妻は、来客の前で「幾度も買っています」と否定した。「お母さんと天神さんに行ったときに」よく買い求めて、持ち帰ったという。
この発言を無視し、私は来客との会話を進めた。やがてまた、妻が口を挟んだ。客の茶を注ぎ足しながら、「そういえば初物かもしれませんね」「お母さんと天神さんに行ったのは、孝之さんが海外出張などの時でしたから」とつないだ。
来客と、心配した台風18号は、関西をそれそうだと知り、安堵した。来客を見送りに出ながら、「佛さんにもお供えしよう」と妻に話した。
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