キレていた

 

 「森小夜子サン。営業妨害しないでください、と後ろから呼びかけられたの」からその報告は始まった。お向いの通行人を待ち伏せ、「呼び込み商法」を執拗に続ける女性たちの1人が、追いかけて来て叫んだわけだ。妻は「常寂光寺はどこでしょうか」と観光客に訪ねられ、案内していたという。

 これまで私は妻に、この執拗に繰り返す「待ち伏せ」「呼び込み商法」を「放っておけ」といわば命じてきた。観光客を取りあいするような醜い印象を観光客に与えることを一番私は恐れている。そもそも私が、私的に設けた喫茶「室」を、妻が喫茶「店」として開放したいと言い出したことに合意したのは、道行く人に安心感を抱いてもらうためだった。それは、胃腸が弱い私の海外旅行体験から生じていた。「イザ」という時に「いつでも飛び込める」所は、旅行者にとってオアシスだ。そうしたピンチの時にこそ「お金のありがたさ」を実感する体験を私はしばしばしている。

 だから逆に、喫茶店であることを有償の宣伝広告で広めることを禁じ、うるわしき一帯の雰囲気をより向上させるように願ってきた。TVや雑誌などで、しばしば取り上げられたり、TVドラマの舞台に幾度も選ばれたり、あるいは大勢の著名人に訪ねてもらえたりしたが、一切広報に用いさせてこなかった。

 それで当然と思っていた妻が、このたび後ろから追いかけられ、大声で「森小夜子サン。営業妨害しないでください」と叫ばれてしまった。ビックリしたことだろう。

 雨不足で、植えたばかりの苗木が弱っていた。その水やりをしていた時に、「常寂光寺はどこでしょうか」と尋ねられたから案内していたという。「常寂光寺を探して」やって来た旅行者だった。その観光客に、妻は「とにかく、いやな印象を与えたくない」と思ったらしい。常寂光寺まで送り届け、その上で取って返し、「営業妨害しないでください」と叫んだ女性に3つのクギを刺した、とか。「何か、言われて困ることがあるの」「何か言いたいことがあれば、文章で届けてください」そして「あなたの名前はなんていうの。名前も名乗れないようなことはしないこと」の3つ。

 妻の報告を受けながら私は、「この人もキレるンだ」と微笑ましくも頼もしくも感じた。「キレるンだ」と思った根拠は、妻が3つのクギを刺したという場所で生じた一幕だ。

 妻を追い、大声で妻の名を叫んだ女性に、「人の名前を公道で呼ぶのなら、自分の名も名乗りなさい」と迫ったわけだが、そこは「呼び込み商法」を新たに始めた方の門口だった。そこでは別の女性が道行く人を待ち伏せさせられているが、その女性が妻に「そこから入らないでください」と叫んだらしい。妻は「私が(立って)いるのは公道でしょう」と切り返し、「あなたの名前は何て言うの」と詰問。要は、妻は2人を相手に詰問し、2人に「名前も名乗れないなんてお気の毒ね」と言い残したという。

 この報告を受けた私は、改めて妻に「相手にするな」、相手にすれば「キミの憤りの気持ちが観光客にも伝わり、一帯のイメージを下げかねない」「耐えなさい」と助言した。「彼女たちは、かわいそうな人たちなンだ」とも指摘し、使われの身の辛さも説明した。

 また、私たちは「彼女たちを救おうとして、防犯カメラの設置だけでなく、(観光客向けの)警告掲示板をわが家の一角に設置する要請にも応じたのだろう」。もうしばらく「耐えなさい」。一帯が、歴史的に培ってきた魅力にひかれて「訪ねてくる人たちは、いつかきっと問題にする」「それまで耐えなさい」。さもないと「近隣間の争い」あるいは「商売敵の、客の捕りあい」といったような次元の誤解を与えかねない。「耐えなさい」と念を押した。

 それにしても(京都市が条例で禁じる行為を執拗に繰り広げさせられている)彼女たちが「営業妨害」という言葉を知っていたことに驚かされた。

追記

 妻は、キレタ時にどのような顔をしていたのか。私には想像がつかない。しかし、「頼もしいナ」と私は心ひそかに思ったが(ルーチンワークで来てもらった)後藤さんに注意された。事情説明を聴き終えた後藤さんが次のような発言をしたからだ。

 このようなストレスを溜まらせると(前回は、豪雨が原因で生じたが)「また、一過性健忘症に結び付けませんか」との忠告だった。