一区切りとなる
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「アイトワ誕生の歴史」を12枚の写真で表わし、写真説明文を日英対訳で添えようとしてきたが、過日やっと、その日英文が完成した。だが、日英文ともに額装するには長文過ぎた。そこで、見出しを別途用意し、額には見出しのみを表示してはどうか、ということになった。 そうと決めてから、また悪戦苦闘した。本文を伴わない見出し故に、一工夫が求められた。このたびやっと、その日本文が完成した。そこで、すでに新学期が始まっているりリズさんに英訳を依頼。リズさんは、多忙だろうが、充実感のある日々を送っている、とのことだから、きっと合間を見て、素晴らしい英訳をしてくれるに違いな、と見た。 だから、依頼のメールに「充実感のある日々を送っておられるとのこと、何よりです」と切り出した上で「充実感のある日々こそが人生の宝のように思います」と伝え、続けて「日々を充実感があるようにしてしまう力の持ち主が、人生の名人かもしれません」と綴り、日本の父親としての意見を述べた。 この英訳が出来上がれば、12枚の写真で表わそうとする「アイトワ誕生の歴史」はひとまず完成、ということになり、額装が完成する。 このたびの日英対訳では、喜田真弓さんの協力を求めてきたが、ツクズク「それがヨカッタ」と思わせられている。喜田さんは、ビル・トッテンさんの下で長らく勤めて来た人であり、いわば片腕のような人だ。それだけに、語学面でも多大な教えを受けることになったが、他の面での学ぶところがとても多大だ。リズさんの力の程も、喜田さんに教えられて追認したような次第。 というわけで、網田さんの助言で始まったこのミニプロジェクトは、日英文に関する作業では2人の先達にプロジェクトメンバーになってもらい、近く完成するはこびになった。その暁には、これをHPにも載せようと思うに至った。 この気持ちは、このたびの『屋根』の観賞で、背を押されたようなところがある。もっと正確に言えば、一緒に劇場で観賞した大勢の人たちが「人生の名人」のごとくに思われたし、そうした人たちのこの演劇に対する反応に背中を押されたような気持ちにされた、ということになる。 もちろん、この対訳の作業には続きがある。当分の間は2人の日英文に関する先達の世話になり、密なる接触をさせたもらうことになる。それは同時に、私にとっては生きる意味を今一度噛みしめ直させてもらうようなことになりそうだ。 思えば、60年近く前に、一度わが人生の意味に疑問を抱いていたのだから。そして、先週には、もうチョット「急いでおけばヨカッタのかも」とも思わせられたのだから。 それほど、私の目には、日本は危なげなところに差し掛かっている。言い残したいことがある。日本人の良いところが、日本人によって酷い目に合わされかねなくなっている。 |
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