隠蔽や捏造

 

 現政権は、5兆円もの年金損失の事実を、参院選後まで隠そうとしていたようだ。国民の判断力を狂わせかねないこうした身勝手な隠蔽は(一時期と言えども)控えてほしい。私の目には詐欺行為と移る。私は、この事実を朝日新聞で知ったが、他の新聞は、いつ、どのように取り上げたのだろうか。とても気になった。

 慰安婦問題で騒がれた時期に、購読紙を再検討し、どの一紙に絞るべきか、で随分悩んだ。結局、時の権力を質す力(これがジャーナリズムの本文)に注目して選び直したところ、約半年後に朝日と毎日が残った。次に、このいずれに絞るべきかで随分悩んだ。もちろん、2紙を購読するゆとりがあれば、このいずれか一紙と、このいずれとも立場を大きく異にするサンケイ新聞を選んでいた、と思う。

 ところが、このたび、首をかしげざるをえない問題が生じた。もしこの報道「安保法『違憲』で論議」が正しければ、産経新聞も誤報をした。民主主義の根幹たる憲法に関わる報道で、容認しがたい過ちが生じていた。恐ろしい捏造、と言えなくもない。

 元最高裁判事・藤田氏の「精緻な理論」を解読できなかった、では留まらず、その訴えを踏みにじり、悪用したかのごとき過ちを犯していたことになる。

 私とは逆に、読売新聞か産経新聞のいずれか、あるいはこの両紙しか読んでいない人は、いかなる判断の下に生きることになるのか。もちろん、その逆も真になりかねない問題である。要は、ジャーナリズムに、権力の隠蔽や捏造などを断じて許さない態度や姿勢を望みたい。不十分な判断力の下に投票行動に移り、未来に禍根を残したくない。

 藤田氏の憲法違反との指摘を、読売新聞だけでなく産経新聞も、読者に逆の解釈をさせかねない報道をした。根が単純な私は、そうと知った時に、過去の2つの事件を思い出し、背筋に冷たいものが走ったような不安を覚えた。

 1つは、わが国が人類史を見誤り、植民地政策でいわば「ババ」を引かんとしていた頃に生じた事件である。非戦論を展開した光徳秋水が弾圧され、抹消された事件だ。非公開の一審のみの公判で、約40日で死刑判決を出し、6日後に執行された。

 現政権は、こうした過ちを犯しかねない方向に己を導いているわけだが、このたびの語法は、その過ちを読者に容認させかねない歪んだ報道ではないか。

 もう1つは、ついこの間の(慰安婦問題について朝日新聞が踏み込んだ報道をしたことが問題視された)事件だ。結局、この騒動は、現政権が読売新聞と産経新聞と連携し、あるいは誘導し)朝日新聞社をなきものにしようとした事件であった。

 この点は、元共同通信社の記者・青木理氏が『抵抗の拠点から』(講談社)2014)で明らかにしたが、現政権は異を唱えられていない。また、現政権はその後、国際世論に追い詰められた形で、慰安婦問題に関するそれまでの誤った言動(国民を真実から遠ざけ、国際的に孤立させかねない立場に追い込みかねなくなっていた言動)を全面撤回し、非を認め、韓国に詫びを入れざるを得なくなっている。

 要は、隠蔽や捏造は御免蒙りたい、と言いたい。ジャーナリズムは事実と意見を厳格に分け、事実把握とその報道を第一義とし、加えて独自の意見を展開してほしい。間違っても、独自の意見に基づき、事実を歪めた報道は控え、太平洋戦争の二の舞は避けてほしい。

 たとえば米英鬼畜との刷り込みのせいだけで