中尾さんの電気工事は、なんとも美しい。この日は2つの案件で来宅。その1つは、書庫での仕上げ工事だった。書庫がほぼできあがった段階で、大型換気扇を急遽取り付けることになり、その出と入りの2か所の口の仕上げが残っていた。
屋内の口は、未使用時は「蓋で閉じまひょう」と提案され、そのままになっていた。この度、仕上げてもらえたが、なんと、口を開けた時に切り取った壁面の板が活かされており、磁石を用いて止める工夫が凝らされていた。
屋外の方の口は、雨が入らないように工夫されたが、「ネズミなんかが入らんように」といって、このたび網で塞いでもらえた。
この工事のおかげで、4つも良き思い出を作ることが出来た。
その1つは、中尾さんが書庫内での作業中のことだった。私は書庫の外で、一仕事片づけた。過日、妻がリュウノヒゲを植えて、書庫の壁面に泥をはね上げさせないようにしたが、その植栽範囲が不足だった。そこは、春に花連がリュウノヒゲを植えた所の奥に当たる部分だが、追加植栽に手を付け、雨だれ対策をほぼ完成させた。リュウノヒゲが茂れば完成だ。
2つ目は、翌日の昼寝から目覚めた時のことだ。座敷で寝転んでいたので天井が見えた。少し首をかしげていたので、床の間周辺の天井が目に飛び込んできた。
53年前に、住宅金融公庫の94万円で建てた家の一角だ。「それにしても、よくできている」と思った。当時、私には贅沢に思えたが、今もそう思う。今は亡き大工さんの職人魂に、今更ながら感謝した。
また、床の間には虎の図案の拓本が見えるが、学生時代にトラ年にちなんで自分で擂り取った作品だ。
野間さんは、「金融公庫でっか」と、嫌な顔をした。「細かいところまで検査されますのや」と、困ったような顔でもあった。にもかかわらず、床の間には随分凝ってもらえた。息子を仕込んでいた時期だったが、息子に受け持たせ、腕を振るわせた。
3つ目は、天井を見上げ、感慨に浸りながら、「そうだ」とばかりに思い出したことがある。4カ月来懸案の塗装作業だ。前日の中尾さんの工事中に、気づいていながら、また忘れていた。人形工房が「夏休みに入ってから」と予定していた案件だが、2週間後の着手になってしまったわけだ。
人形工房の床の一部、井戸の上に当たる部分の床蓋(長年の湿気で腐食が進んでいた)の、裏側の防腐塗装だ。床蓋の新調自体は、寿也さんに作り直してもらったが、いわばその最後の仕上げ作業である。
春に、防水塗装をして寿也さんは持参してもらえたが、現場での部分修正が必要となり、その修正部分の塗装が求められた。だが、その前に中尾さんに頼み、強制換気ファンを取り付けて除湿すべしとなり、その工事の後でとなった。
さらに、防腐塗装は、刺激臭があり、乾燥に時間がかかるので、夏休みに入ってから、と決めた。そう決めておきながら今になった。
火曜日の昼寝の後、やおら床蓋を外し、塗装した(黒い部分)。
おかげで、換気ファンを取り付けた折の感激もよみがえった。床下は断熱層で、その下はコンクリートだ。どこからどのように電源を得るのか?
床の上にコードをはわせたくない。そう思った。なんと中尾さんはかくのごとく仕上げられた。
ちなみに、今回の防腐塗装は、木曜日に2度塗りをしており、これを好機(乾燥も進んでいた)とみて、小まめに他の4箇所(旧玄関の雨よけ屋根の柱、ワークルームの柱の1本、そして網田さんが手掛けた竹細工一式)の防腐剤塗装(何年かに1
度塗り直す)を済ませた。
4つ目は、こうした職人技に触れているうちに、花連を思い出した。夏休みに呼びたかった。呼べていたら、どのような隠れた知恵や才能を呼び覚まさせ、あるいは集中力や応用力などに気付かせさせていたことか、と考えずにはおれなかった。
花連にはそうした期待をしたくなる何かがあるし、期待を試みに移せそうに思われる。それは、4年生の花連に妻がリンゴの皮をむかせたときに感じたことだ。
私は、花蓮の小さな手が包丁を操る光景を見て心もとなさを感じ、止めさせようとしたその時だった。間髪を入れず寿也さんが「やらせておいてください」と言った。刃物は何でも本物を使わせてきた、と言った。
花連なら、マムシも怖いとは言わないだろう。あるいは言わせずに、教材にさせたい。そう考えながら、夏休みまで学校に縛られる世の中を「オカシイ」と思った。
当週は、ムカデの子どもが洗面台に落ち込んだ。それを救い上げて、逃がしたが、花連も一度教えたら、同じように逃がしてくれることだろう、と思った。それだけに、昨今の学校教育の在り方に疑問を感じた。
どのような時代を迎えようがたくましく生きるココロと、免疫力などを備えたカラダを授け、持てる潜在能力をいかんなく発揮させたいものだ。
現実は、学童や生徒はいまだに工業社会型要員に育てられ続けているではないか。クラブ活動までが教科に組みこまれたかのように用意され、学校に四六時中拘束されたかのようになっているようだ。それが、子どもたちにとって望ましい教育の在り方だろうか。
発展途上国の中には学校に行けない子供がいる。先進国の中には、アメリカのように、子どもの教育を親に任せてもらえる国もある。NZでは、海詩の例だが、親の子であってないような位置づけを親に自覚させる国もある
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