不戦を貫く気構え

 

 むのたけじは、敗戦を伝える玉音放送当日に新聞記者を返上した。この人の訃報が、オリンピックを総括する記事と重なった。おかげで私は、同氏の心意気や心情がとてもよく理解できたような気分にされた。

 まず、男子400mリレーに関するこの小さな記事に目がとまった。私もこの決勝レースには手に汗を握って観戦し、感激した。だから、この記事を私も読んで嬉しかった。だが直後に、オリンピックでヨカッタと思った。次は4年後だし、オリンピックは戦争ではない。

 むのたけじは「戦時中の新聞社ではあからさまな検閲や弾圧など見なかった、危ういのは報道側の自己規制だ」と語り、「軍部におもねる記者は1割にも満たなかった。残る9割は自己規制で筆を曲げた」と反省する言葉を残した。

 むのけんじは「負け戦を勝ち戦のように報じて国民を裏切った」ことに気づき、仮借の念に苛まれ、「けじめをつけ」記者を返上した。おそらく大本営の大ウソを疑おうとせず、「こうあった欲しいと願ったこと」を書いたのだろう。「勝てば官軍」すべては美談になる。それだけに「戦争絶滅」を訴える人生を選んだに違いない。101歳で天に召された。

 負け戦を勝ち戦のように報じるのも問題だが、負け戦を玉砕などと美化するのも問題だ。同様に、勝ち戦に酔いしれ、過大な期待を綴るのも問題ではないか。それが現実にならなければ、どうなるのか。それが戦争であれば、無用な犠牲は強いないだろうか。

 このたびのオリンピックで私が一番注目していたのは、イギリスだった。ジョンブル精神に注目した。ヒトラーは、ジョンブル精神に一目置き、イギリスへの上陸作戦を躊躇しており、代えてソ連を標的にした。そのジョンブル精神が、EU離脱という刺激でいかに活性化し、このたびのオリンピックでいかに花開くのか、と注目した。

 EU離脱はどうやらロートルの身勝手な判断に引きずられたきらいがある。それだけに、ひとえにイギリスの命運は若き人たちのジョンブル精神にかかっている。

 イギリスは、産業革命によって世界に躍り出た時ですら、一転した場合を想定する学者を輩出し、埋没させず、「元の質素な国になればよい」との叫びを真摯に受け止めた国だ。飽食を慎み、「うまいものなしの国」のイメージをつくった。ウイリアムモリスのごとく、機械を否定し、「職人の匠」に傾注する人を育てた国だ。

 4年前のオリンピックでは、産業革命が生み出した廃墟のごとき地域の再開発のキッカケにした。昨今では、アメリカの尻馬にのったイラク攻撃をに痛烈に反省できた国だ。

 私は目を離せない、とおもってオリンピックの成り行きを見守った。金メダルで言えば、それを人口比で言えば、日本の4.6倍取った。すべてのメダルで言えば、3.3倍だ。今やEUの、いや欧州の優となっているドイツをしのいだ。

 工業社会は今、岐路に立たされている。同じ島国であるイギリスが、いかなる未来を切り拓くのか、私は気になってならない。本来なら、最も有利な条件を兼ね備えているのは日本だが、人口が半分のイギリスに先を漉されるのではないか。

 それはともかく、「戦争絶滅」は夢物語だろうか。私はそうは思わない。そこまで人間は愚かだとは思いたくない。いわんや日本人は愚かではない、と思い続けてきた。

 このたび、そう思い続けてきたキッカケにも気付かされた。わが国は、国土から無用な刀を召し上げたり、鉄砲を召し上げたりできた国だ。戦争がなかった期間、あるいは死刑がなかった期間でも、わが国は誇り得る。こうしたことも誇りうるが、もっと誇り得る要件を備えていた。それは26年ほど前の日本経済新聞のコラム「春秋」で知ったことだ。

 欧州には、スイスという永世中立国がある。私は3度ほど訪れただけだが、高射砲を屋上に備えているという民家も訪れたことがある。男は皆兵制で、例外を除き、武器を扱えるし、いつも心は臨戦状態にある、という人もいた。かつてスイスは貧しい国で、傭兵で稼ぐ苦労している。それだけに、筋金入りの永世中立国であり、とても豊かだ。

 アジアには琉球王国というスイス以上の国が存在していた。今やその国は、日本の一部である。もとはといえば、一藩の侵略に始まり、搾取し続けて来たようなものだが、人はいつでもチェンジマインドできる。むのたけじはこうしたチェンジマインドを願っていたのではないか。沖縄は、中国という強国を相手に、一切武器を持たずに独立を勝ち取っていた国だ。もちろん、ひねりつぶそうと思えば簡単であったはずなの中国も、それを許してきた。そうした知恵にこそ学ぶべきところがあるはずだ。

 そうと気付き、8月15日放映の終戦企画「ラストアタック〜引き裂かれた島の記憶」というにNHK-TV番組の録画を思い出し、再生した。沖縄の離島「伊平屋島」で生じた事実のドラマ化だった。米軍は敵前上陸したが、日本軍が駐屯していなかったので、全島民に危害を加えていない。不時着した日本兵がいたが、半ば見逃している。この不時着パイロットは本土に送還されたが、後年この島に戻り、住人になっている。

 不戦を貫くことこそ、国民のためだ。

 


小さな記事    20160823朝日「ボルトに先行 現実に」


 


日本経済新聞のコラム「春秋」 19900827