連続807回

 

 入院時、いち早く後藤さんに見舞ってもらえ、「これなら」と、ノートパソコンが翌日、ベッドに届けられた。おかげで原稿を欠かずに済んだ。

 初回分、それは15年も前のことだが、2001年7月7日の分を読み直そうとして「ハッ」とした。見出しが「本当の顔」であったからだ。「本当の顔」ということは「偽の顔」とか「もう1つの顔」などを意識していたに違いない、と気付かされたわけだ。

 そこで、「15年前の己の意識を探ろう」と思い、読み進み始めた。そしてすぐに「ヨカッタ」と思った。「なんと」当時は、「もう1つの顔」であるに過ぎないのに、その顔を本当の顔のごとくに思い、その「仮の顔」もしくは「借りものの顔」になり切っていたことに気付かされた。その「借りものの顔」とは、「サラリーマン」や「教員」の顔であり、肩書である。

 だが当時すでに、その時々の役回りに過ぎない顔に(なり切っている己に気づき)疑問を抱き始めていたことにも気付かされ、もう一度「ヨカッタ」と思った。当週記に、かくもエネルギーを投入できた訳が分かったような気分にされたからだ。

 例えて言えば、本当の私は「シカ」なのに、「トリ」だと錯覚し、トリの羽を得ようと必死になって努力をし、トリの羽を与えられたらどうなるか。本当はおどおどした「シカ」なのに、「オオカミ」のようになりたいと願い、牙を与えられたらどうなるか。

 「羽」や「牙」程度ならよい。それが「銃や大砲」、「軍艦や爆撃機」であったり、あるいは「一個連隊や師団」であったり、となっていったらどうなるか。

 ここで思いついたことがある。やっぱり私は「おどおどしたシカであったンだ」との思いだ。「おどおどしたシカ」でありながら、無理をしていた。その証拠に、と思い至った。当週記「自然計画」は、自分の意志と後藤さんの意志を互いに尊重し合えば、勝手に連載を続けられる。だが、そうはゆかない連載の機会にも、私は恵まれていた。そしてそれらでも、同じ疑問や不安にさいなまれ、足掻いていた。

 ほぼ週に1回・半年間の予定が、2年半に及んだ産経新聞でのコラム「自活のススメ」。あるいは、手芸誌からガーデニング誌への転換を提案した関係で、初回号から10年にわたり毎号投稿した「BIBES}のエッセーなど、長期連載の機会を幾度か与えられている。

 この「自活のススメ」の112回目・最終回では『借り物は早く返す』を取り上げていた。このコラムより先に連載を終えた「BIBES}でのエッセーでは、最後のシリ−ズは「日本人の忘れ物」であり、その最終回は『生きる気概』だった。加えて、ここに至る過程で、5冊の感銘した著書の力をかりて「誰しもが自己実現しうる」ことを綴っていた。

 「おどおどしたシカは、おどおどしたシカ」で十分だ。「羽」や「牙」程度ならまだしも、「軍艦や爆撃機」などを手に入れたらどうなるか。有頂天になって使いたくなったり、自分を見失ったりしかねない。恐ろしいことだ。

 その己を「借り物の自分」と思わず、過ちを犯せば、「他のセイにはしにくいだろう」「反省したくないだろう」。たとえば、戦争は私にこんな罪を犯させた、とは考えず、律儀な人ほど寡黙に成ったり、偽ったりしたくなって当然だろう。

 同じことが、経済戦争でも起こっていたわけだ。「消費者は王様さまです」とおだてあげられ、裸の王様にされ、環境破壊や資源枯渇など、未来世代まで窮地に陥れかねない犯罪の共犯者にされてしまっていた。それは自業自得かもしれないが、それと引き換えに、本当の自分を気づかずに生を終えてもよいのだろうか。

 「つぶす喜び」の中毒患者にされてしまい、「創る喜びに」に目覚める機会を奪われてしまい、消費者のままで生を終えさせられかねない。

 政府は今、ギャンブルまで合法化し、経済効果を期待している。

 こんなことを、この年の瀬では考えた。