総理夫妻の恐ろしさ
|
夫人は家庭内野党を喧伝し、さまざまな組織に首を突っ込み、左傾化を演出して人気を博していた。だが、実際は夫以上に右傾化した人であったようだ。夫婦の見事なタッグマッチに脱帽、の人が多いことだろう。ひょっとすれば、夫との共謀の成果、と見る人もいるだろう。 愛媛新聞は「森友が8億円ならこんどは36億7500万円の無償譲渡案件」とスッパ抜いた。これから、出るワ、出るワ、に結び付かなければよいのだが。 ロボトミーとは、ラテン語で「前頭葉(ロボ)」を「トミーする(切り取る)」を意味し、一時注目された精神疾患の手術だ。アメリカではJFケネヂィーの知的障害があった妹を始め、4万人が施術された、過度の強迫観念に襲われた人など、家族の手に負えない人などに施されており、かつて映画『カッコーの巣の下で』で紹介されたことがある手術だ。 人間の人間たるゆえんは、大脳皮質の一部・前頭葉が、他の類人猿に比しても異常に発達していること、といってよい。だから、嫉妬に狂った猜疑心に駆られたり、あらぬ猜疑心から強迫観念に襲われたりしかねないし、時には自殺もしかねいのだろう。 そうした苦しみから、この手術を施すことで解放され、嘘のように穏やかになれたことを悦んだ人も大勢いた。この手術に生涯をかけた精神科医・ウォルターフリーマンは、数多くの患者からクリスマスカードが届けられるなど、多々感謝もされている。 この治療の口火を切ったモニス博士は1949年にノーベル生理学・医学賞をとったこともあって、一時はとても有名な治療法となり、流行った。だが、次第に悲劇的な後遺症に悩まされる人も多々生み出し、問題化する。当然だろう。人間の人間たるゆえんの破壊であったのだから。 映画『カッコーの巣の下で』では、いたずらが過ぎ、目が離せない少年のごとき一面を持った男を、手術で腑抜けのような男に一転させる状況も紹介した。 このたびのTV番組(「フランケンシュタインの誘惑」シリーズの1つ)では、2人のコメンテイターが登場したが、一人は「誰のための治療であったのか」と問いかけ、もう一人は「第三者の都合がいいように人をコントロールすることを絶対にやっちゃいけない」と語った。 この下りに至った時に、なぜか私は、白昼大胆にも正男氏殺害に関わった2人の「人のよさそうな女性」を連想した。この思いを巡らせているうちに、自爆テロや911の搭乗員にも思いをはせ始めた。もちろん、神風特攻隊員や南京事件に関わって兵士も思い出し、同情した。「そうさせられた人」の陰に、「そうさせた人」の影をみたからだ。「そうさせられた人」は、1人1人はココロやさしい人であったに違いない。だから死ぬまで思い出したくない、思い出したくなかった、と言う人が多いだろう。 幼い時から、「誰のための教育であったのか」が分からない教育を施された人々を振り返った。鬼畜米英と教えられたり、教育勅語で忠孝を尊ぶ心を養わせる半面で、中国人を支那人と呼ばせたりした教育のことだ。もちろん、忠孝はよい一面があり、私も大切にしてきたが、教育勅語は「誰のための教育であったのか」と疑う余地がある。「時の権力の都合がいいように人をコントロール」する道具にもなりかねない恐れもあるからだ。 となると、ロボトミー手術の方がマシではないか、と思い始めた。この手術を施せば、決して自爆テロや神風特攻隊員には使えなくなるはずだ。手術に成功しても、羊のようにしてしまうのだから。 一番いけないのは、その対極意識の刷り込み教育ではないか。おうむ真理教は、猛毒VSも生み出させていたが、その余地を残した大学教育も、おうむにも問題がったのではないか。 ここに至って、総理夫妻の恐ろしさをヒシヒシと感じ始めた。8億何千万円かの国民の財産を、国民のあずかり知らないままに1億何千万円かに値引きしたという次元の話は二の次であり、いわんやその口実に用いた土壌汚染問題は三の次であって、あの教育方針を良かれと見た判断である。良かれとて見て譲る相手に選び、しかも破格の値引きをする口実に知恵を絞ったのだろう。 この判断が褒められたことと思えばこそ、夫人にかくも関わらせたのだろう。首相は、妻は私人としての行動だ、と強調する。その行動に数人の役人が警護のごとくに付き添っていた。だが、それも非番の日の自弁の行動だ、と堂々と主張する。その自弁で支払われたお金は、元は国税ではなかったか。 総理夫妻のこのたびの共謀のごとき行為に恐ろしさを感じた。 |