過日の「虫歯の空洞が刻々と広がった」経験を思い出し、やむなく(とても忙しそうな)歯医者に電話を入れ、無理を言って、その日のうちに予約を入れてもらった。だが、すでに手遅れと分かり、3重の悲しい思いにさらされた。
過日の経験は、咬み合わせ相手が抜けてない1本の奥歯Aで、試みたことだ。「どうせ不要な歯」と見て虫歯が露わになったにも関わらず、放置してその空洞の広がり具合を確かめることにした。おかげで、恐ろしくなるほど早く浸食が進む経験をすることになった。
その過程で、Aの隣の(咬み合わせ相手がある)奥歯Bに虫歯が移りそうな不安を抱き、歯医者に予約を入れた。その予約日(1月14日)が来る前に、予期せぬ体験をした。反対側の奥歯の1本Cがポロッと幾つかに砕ける現象であった。後にはガサガサした根元が残った。
予約日が近づいていたので、その日を待ち、歯医者に駆けつけた。だが、歯医者は「砕けて取れた奥歯Cは如何ともしがたい」「放置しておき、その(ガサガサした)歯根が自然消滅するのを待つ」べし、との判断を下した。この時に、B(隣の咬み合わせ相手がある奥歯)の治療をすることになり、次の予約日を入れた。
その後、この予約日が来る前に、上の第2前歯の1本Dがポロッと欠けた。Dは痛みもないし、予約日が近づいていたので、その日を待った。結果、歯科医は「この歯Dは歯根がしっかりしており、活かせる」から、先に治療することになった。つまり、この日予定していたB(咬み合わせ相手があり、隣の虫歯が移りそうで心配だった奥歯)の治療を後回しにした。
そして、Dの加療で2度、歯医者を訪れ、Bについては意識をとめていなかった。次の予約日(3月16日)を入れ、このたびの3泊4日の旅に出た。
旅の途中で、Bの虫歯が気になり出した。歯茎に沿って隙間ができ、その空洞が次第に広がり始めたからだ。帰宅翌日、6日後に次の予約日が迫っていたが、過日の老齢者の虫歯は猛スピードで浸食しかねにとの経験から、しかもこのBを失うと(正常なら6組ある)奥歯の咬み合わせが、1組を残すのみになってしまうわけで、歯医者に電話を入れ、無理を言い、その日10日の夕刻の予約を入れた。
結果、すでに「手遅れ」と分かった。「この歯には歯根が3本ある」が、すでにその一本だけでもっている状態となっており、「ぐらついていないのが不思議なぐらい」。早晩揺れ動くようになるだろう、「手遅れ」との見立てだった。この間、治療を後回しにした日から数えて、42日間。
この歯を失った後は、部分入れ歯か、もしくはインプラント、とのことで、その一長一短と、可能性の説明を受けた。その間、私は堪えた。42日間が悔やまれた。堪えながら説明を聞き、3重に悲しくなってしまった。
まず、この日は医師が、これまでの院長ではなく、別人の若手だった。
2番目に悲しかったことは、現状の解説と、未来の可能性の説明で終わったことだ。42日間の空白と、老人の歯の特色について、一切の解説や検討がなされなかった。6日後に予定していた(ポロッと欠けた第2前歯Dの)加療をし、6日後に再訪することになった。
3番目に悲しかったことは、治療台を離れた時に、隣の治療台で院長が加療中であったことに気付いたことだ。軽く会釈しあって通り過ごしたが、残念であった。
帰途、心臓の病気で入院したおりのことを思い出した。あと1日の差で、死んでいた(肺に水が溜まり、陸上で溺れたようなことになっていた)かもしれない治療がうまく運び、病院での治療経過や所見を記してもらい、持ち帰った。そして後日、かかりつけの町医者を訪ねた日のことだ。
「見間違っていたんだなあ」と町医者は大声をあげ、「肺炎ばっかり気にかけていた」と繋ぎ、手にしていた診断書を机の上に置き、首を私の方に向けた。
「センセ、心臓疾患も原因になるんです」
「これからキイ着けるわ」
「お願いします」
実に爽やかな気分になった。帰途の脚は軽かった。
私は、人間には失敗がつきものだと思っている。だから、その認識のもとに何事にも誠実に取り組み、失敗に気づいたら率直になる。そして、その失敗を心に刻み込む教材にして、無駄にしない。これを心がけて生きて来た。アパレル企業では社長室長や子会社の社長の立場で、短大では学長の立場で、この心がけを旨にして運営したが、おおむね気持ちよく過ごせた。
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