乙佳さん故に
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かつて同じようなことがあった。だが、その時は遠慮して、すぐには話を持ち出さずに、私なりの流儀に沿って事を運んだ。だが、このたびは、気付いたら、私は切り出してしまっていた。親方もご一緒だったからかもしれない。 乙佳さんは、まっすぐなひとであるだけでなく、いつでもココロを修復しあえる仲の人だ。ココロの父親でありたい、と願っている「乙佳さんのことだから」と甘えて、持ち出した。 たった1つの石コロの問題なのに、と言われるかもしれない。だが、流儀を変えてまで持ち出してしまっていた。それがヨカッタ。それどころか、私にとっては、出来上がった方丈よりも、むしろ大事かもしれない石コロだ、と言うことも伝えようとした。 自然石を用いて作った母のための踏み石の、一角が欠けていた。妻は、初めから欠けていたのではありませんか、と得意の想像で語り出したが、私は無視。過去を、数万円のゆとりがなかった頃の思い出を語った。数万円のゆとりがなかったのを幸いにと、庭に転がっていた石をかき集めて踏み石を吊ることにした思い出だった。 話を持ち出したかいがあった。まず、目が良い人は羨ましいナ、と思った。それは、親方が「これで充分、代替させうる」と思えた石コロを探し出した後のことだった。腰をかがめ気味に一帯を見て回っていた乙佳さんが「これでは」と拾ってきて、差し出した石があった。「それだ」と叫んだ、ピタッとあった。「あとは、私が」適当な糊を用いて「くっつける」ことにした。 方丈を造ってヨカッタ、と改めて思った。こうした報酬に結び付くことが、私にとってはとてもありがたい。そう思っていた矢先に、次の報酬が待っていた。 方丈づくりの過程で、この夫婦は大きな仕事に恵まれ、契約にこぎつけたという。妻の顔もほころんだ。私たち夫婦が心密かに願っていたことがかなっていたわけだ。妻のススメで思い付きのごとくに造り始めた方丈だが、この2人には次の大きな幸せに結び付けてもらえそうだ。 そうと知りえたことがとても嬉しかった。これが方丈づくりを通してえた私たち夫婦にとっての、一番ありがたいご褒美だろう。 |
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すぐには話を持ち出さず 『庭宇宙T』新しい友 |
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すぐには話を持ち出さず 『庭宇宙T』新しい友 |
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母のための踏み石 |
ピタッとあった |