良い時間
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大きな音を発しながらエンジンブロアーを駆使する私の前に、妻は立ちはだかり、何かを指さしている。エンジンを切って、凝視したが、何も見えない。そこは苔の上だったし、すでに日が傾き、一帯は薄暗くなりかけていた。さらに、妻がひつこく指さす先を確かめようと、私は膝まづいた。膝まづいて、妻に倣って覗き込んだが、分からない。数センチ程度の朽ちかけた木切れしか見当たらなかった。 「小鳥の子どもよ」と妻がささやいた。さらに目を近づけて見て、やっと分かった。初見のヒナがこちらを凝視している。30cmほどまで近づいたが、微動だにしない。その不動が始まった。 「カメラ」と、私は小声で指示し、その背に「居間への上り口においてある」とつないだ。 その不動をカメラに収めた上で、善後策を語り合うことになった。放置しておけば猫に襲われるに違いない。明朝までネコに見つけられなかったとしても、カラスに襲われることだろう。 かといって、保護しても、育て上げられる可能性は2割とない。5ワット程度の電球を布でくるみ、暖房し、小さなミミズを見つけて与えるなど、世話を焼いても、5度に1度も育て上げられない、と子どものころの思い出を語った。それが巣から落ちたヒナ(?)の運命だ、と経験談を伝えた。いずれを選択すべきか、するのか、と妻に迫った。 妻は、たとえ死なせても、こうして見つけてしまったからには、と考えたようだ。「いたわられながら死ねた」との想いを届けたい人だ。私は逆に、ヘビやカラスの餌食になるのも運命、と見る方だ。自然の摂理に沿って死なせてやりたい。その私の想いを妻も分かっている。だが、妻は保護を選んだ。 「少し深いめの箱を探して、持って来なさい」と指示し、私はヒナの番をした。 ほどなく妻は、大きさは適度な四角い容器を小走りに持ってきた。だが、金属製だった。クッキーの空き缶とみた。「バカだなあー」と私は呆れた。ヒナがつつけば、くちばしに良からぬ衝撃を与えるだろう。第一、光沢があり、まばゆいに違いない。どうしてそれが分からないのか、と歯がゆかった。 こうした時は「ゴメンナサイ」と妻は素直に詫び、取って返すのが常だ。さもないときは、金属の方が丈夫だし、ネズミに襲われずに済むのではないか、などと口答えをする。「エラソウニ」とあきれ果てられることもある。やがて妻は、適度な紙箱を取り出してきた。「そこにすくい取って入れ、まず水を与えなさい」と、経験談を伝えた。 その瞬間まで、このヒナは微動だにしなかった。だが、妻が保護しようと両手を差し伸べた時に動いた。30cm程度の高度だが、3m以上も先に飛び去った。もちろん妻は後を追ったが、見失った。竹の落ち葉が積もったところだから、昼間でも見つけられなかったことだろう。 ヒョットしたら、妻も胸をなでおろしていたのではないか。 |
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膝まづいて、妻に倣って覗き込んだ |
初見のヒナがこちらを凝視している |
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