「生態文明」時代の旗手
 

    人は何を大事にすべきか。それは人さまざまだろう。とはいえ、「皆で仲良く」はいいけれど、「皆で緩慢なる自殺行為に躍起」は御免だ。

 17日(日)NHK-TVの「激変する世界ビジネス『脱炭素革命』の衝撃」を観た。習近平総書記も登場したが、その「エコ文明」を語る姿と文脈を視て、私の解釈(当週記11月12日の生態文明)に自信を深めた。だから友人への手紙に、次のような余談を添えた。

 「余談ですが、米中の立場はいずれ逆転しそうです。ご用心ください。米国は中古武器のセールスマンが似合う大統領を選び、中国の総書記は次代の覇者を見据えています。19回全人代で「五位一体」を掲げましたが、第18回の「三位一体」に「社会」と「エコ文明」を加えたわけです。そこで「もしや」と調べました。この五位はそれぞれ定義づけられていました。

 「エコ文明」は「生態文明」のことであり、「五位」の定義は「経済が根本、政治が保証、文化が霊魂、社会が条件、そして生態が基礎」でした。つまり、文化は基底文化のことであり、工業文明に次ぐ生態文明を視野に入れた、と視てよいでしょう。

 トランプは工業文明の延命策に留まっており、日本はその尻を追っています。第3次世界大戦は経済戦争であると思いますが、日本は(こんどは)米と組んで敗北する側に立った、と私は睨んでいます。願いたくはないことですが」

 現近の平均的アメリカ人の生活を世界中の人が真似るには地球が5つ必要だ、と言われる。中国人が平均的日本人の生活を真似るには、地球が30も必要になる計算だ。その限界は、習近平総書記には手に取るように見えているはずだ。ならば、いかに乗り切るべきか。

 中国はすでに、太陽光エネルギーの活用に梶を切り、自動車も電気自動車にシフトするなど、生態文明への転換に立ち向かい始めた、と見て良いだろう。風力と太陽光による発電は世界最大であり、100基の火力発電所の計画を禁止した、という。「生態文明時代の覇者を目指す」とのスローガンは、アメリカに代わって世界の警察官を目指している、と見て良いだろう。

 トランプはその逆行を、つまり工業文明の深堀にご執心だ。中古武器(廃棄処理には莫大な経費が掛かる)のまるでセールスマンになり、娘には寄付をたからせ、57億円もの国税をかすめ取らせるなど、目先の金勘定に奔走している。だがそれを真に受けてはならない。

 アメリカでは、すでに1500を超える自治体や主要な企業がトランプの意向に反し、脱炭素革命に邁進しており、その比率は3割に達しているという。私はその心意気や信念をかなり詳しく知っている一人だと思っている。その一端は、拙著『「想い」を売る会社』で著わした。

 日本はどうか、第2次世界大戦敗北の二の舞のようなことで(財界大手と政権は)一枚岩になっている。その多くの体質は一項に改め得ていないことがこのところ、新聞でしばしば報じられている。

 近年、アラブ首長国連邦(UAE)では、脱炭素革命に取り組み始めており、太陽光発電にご執心だ。既に1kw当たり2.6円と石炭発電の5分の1の価格になっている。原発(すべての処理費用も含めた価格で言えば)の10分の1以下だろう。かつてUAEを訪れ、政府高官の私宅にも招かれ、その折に石油の枯渇問題に触れ、「そこまでは売らない」との返事を得ていただけに、「なるほど」だ。ひょっとすれば、原油高騰の間に、オランダ(は19世紀の同国発のバブル期を活かした)のごとくに、次の「国の形」造りに目を向け始めたのではないか。

 日本はどうか、20世紀の日本発のバブル期を活かさず、停滞の主因にした。その反動のごとくに、今や第2次世界大戦敗北の二の舞を演じそうになっている。アラブ首長国連邦やドイツなどは、桁違いに安くなる太陽光発電など再生可能自然エネルギーに拍車をかけるが、日本は16%のコストダウンを計れると喜んで、石炭発電の技術革新に執心し、その輸出にハッパをかけている。次元が違う。まるで第2次世界大戦敗北の二の舞ではないか。

 大鑑巨砲時代ではないことを日本は(英国の大鑑巨砲時代の先駆けとなったプリンス・オブ・レパルスを航空機攻撃で沈め)世界に気付かせながら、「大和」や「武蔵」に執心した。世界に先駆けて執拗な都市爆撃(重慶など)を始めており、その報復のごとき都市爆撃で数十万の国民の命を奪った。

 つまり、太陽光発電の先進国であったのに、時代を画する普及に遅れをとった。そのしわ寄せをまた国民に押し付ける戦法を現政権は採用しはじめている。ここに気付かないと大変だ。

 「生態文明」時代の旗手は誰か。それはともかく、「生態文明」時代の旗手を目指したいものだ。政府の油断に乗せられ、第2次世界大戦敗北の二の舞は御免だ。
  
  そこまでは売らない」との返事