米で進む「人と地球に優しい流通革命」

アメリカは消費低迷から脱しつつあるが、その陰で新たな流通革命が静かに進んでいる。わが国で流通革命といえば、1960年代を思い出す。過剰傾向にあった「大量生産」を「大量消費」に結び付ける革命だった。

スーパーマーケットなど「大量販売」型業態が続出したり、生産コストや流通コストの削減が叫ばれたりして、ぜい肉的要素がどんどん切り捨てられていった。

この革命は、先進国アメリカの潮流がわが国に波及したものだった。だが、そのころ既にアメリカではPL(製造物責任)問題で企業を黒とする判決が出たり、環境破壊告発の古典『沈黙の春』(レイチェル・カーソン著)や、女性問題の古典『新しい女性の創造』(ベティー・フリーダン著)などが世に送り出されたりしていた。

また、小・中学校では消費者教育が普及しつつあった。

新しい流通革命はこれらの動きを源泉としており、88年頃からその波をあらわにしている。

カリフォルニア州ベンチュラに本社を置くアウトドアー製品で有名なパタゴニア社は、環境に優しい製品を開発していることで知られる。最近訪れてところ、同社のド社主は「事業目的は、より良い地球環境を次世代に残すことにある。売り上げや利益はこの活動を永続させるための手段だ」と言い切った。売上や利益を目的とすると、ぜい肉と見なして大切なものまで削り落としかねないとの内省であろう。

同社は八四年から利益の10%を環境保護団体に寄付してきたが、昨春から売上金額の一%に切り換えている。また、意向を同じくする企業と共同で、南米の原生林を保護目的で買収する一方、環境破壊の踏査にも結びつく社員の国内外旅行を奨励・援助していた。

婦人衣料の大手、エスプリ社は使用素材の選別から製造工程や仕上げ加工、消費者の洗濯などアフターケア、あるいは不用時のリサイクルなど、あらゆる面での環境優等生製品を開発し、新ブランドの下に売り出していた。

サンフランシスコで訪ねた環境保護団体シエラ・クラブは、独自の企業調査結果を、50万人を超える会員や投資家などに提供し、環境優良企業を側面援護していた。

同団体は環境問題に厳格なゴア氏をクリントン氏に推薦し、副大統領候補に選べば支持もするし献金にも応じると迫った話を披瀝するなど、環境優良企業が活動しやすい土壌作りにも努めていた。

問題は、旧革命は供給者と消費者の合意が成立しやすかったのに対して、新革命ではそう簡単には行かない点だ。

旧革命では、供給者はデザイン開発や宣伝活動に力をいれ、消費者の虚栄心や射幸心をあおり、衝動的な購買意欲をそそれば歓迎された。消費者は「三種の神器」などの新語をはやらせ、節約を美徳とする既存文化を覆し、マス・ファッションを定着させた。

新革命は、両者に自己制御を要する頭の切替えを迫っているので、旧革命のように一気には進まないだろう。だが既に相当根深く進展しているのも事実だ。

アメリカでは、所得階層別に小売形態や業態(プライスレンジ)が選別されがちだったが、これが大きく崩れつつある。すべての人が同じ品物ならとことん安い所へ走り、企業理念の善し悪しで選択する場合は、所得階層の差など超えた行動にでている。

企業理念の信任行為としての購買では、価格のことは二の次になる。だから、パタゴニア社などが採用している製品保証は消費者をとても安心させている。製品には無期限・無条件の返品・返金保証が付いていて、消費者は裏切られたと分かった時点で、返金請求という形で不信任を表明できる。

こうしたリスクを張る企業に共通しているのは、企業を社会的公器として位置づけ、一人ひとりでは弱い立場にある消費者の意向を体現しようとしていることだ。

旧革命は、供給者の都合を優先し、大量生産と大量廃棄を直線的に結びつけ、巨大な夢(ごみ)の島を作っていたようなものである。

新革命はこの対極にある。消費者の公益を優先し、廃棄物や空き缶などの内部消化はもとより、還元活動を組み込んだ「循環パイプ」の創出にある。大衆社会化から市民社会化への転換とも言えよう。

一つの理念を求心力として押し進めるこの革命を、私は「人と地球に優しい流通革命」と見た。

この革命には多くの女性が係わっている。ここで取り上げた二社では社長をはじめ幹部の多くが女性である。彼女たちは幾多の関連企業と連携を保ちながら、優しい流通革命を押進している。

わが国では今、消費動向は混迷の感さえ呈しつつある。欲望の解放は必ずしも人間の解放には結びつかなかったようだ。むしろ流行に振り回され、はては流行の奴隷となり、心のゆとりを見失ってさえいたのではないか。

パタゴニア社は既にわが国に進出し、アメリカと同じ保証を適応しているが、消費者の反応や評価が気になるところだ。社主シュイナード氏は別れ際に「私の経営理念は、仏教の精神(足るを知る)から学んだものである」と語っていた。

読売新聞関西版 コラム『論点』 1993年3月13日

パタゴニア社についてもう少し詳しく知りたい方は、『このままでいいんですか もう一つの生き方を求めて』(平凡社)と『「想い」を売る会社』(日本経済新聞社)をご参照ください。前者では「章」を設けて同社を取り上げ、後者はパタゴニア社で始まりパタゴニア社で終わっている(企業をパブリックツールと位置づける社会や消費者を標榜しているような)感さえあります。
ライフスタイルコンサルタント 大垣女子短期大学学長
森 孝之
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