デザインはゴミ?


いま私は、とても幸せだ。若者と一緒になって「環境問題と矛盾しないデザインやライフスタイル」を考えることができる仕事についているからだ。

いつのころからか、私はこれまでのデザインのあり方に疑問を感じてきた。だから講義では、黒板にデカデカと「デザイン=ゴミ」と書いて学生を触発することもあった。

決してデザインなど不要だと言いたいのではない。むしろその逆だから、旧来のデザインのあり方に警鐘を鳴らしてきたわけだ。

これまでの新デザインは、前デザインを旧デザインにして捨てさせようとする意図が働いていたように思う。デザイナーが存在し、幅をきかせている国ほどゴミが多いのも気になる。

新デザインと捨てられた旧デザインを見比べると、デザイン以外には差がないことが多い。機能はさして変わらず、素材はまったく同じことさえある。つまり、旧デザインはゴミになる時に素材を道連れにしていたわけだ。

ここに心の痛みや未来社会への不安を感じ、私はデザイン=ゴミと論じてきたわけだ。とわいえ、この教え方は時期尚早で、少し荒すぎるのではないかと気にしていたのも事実である。

ところがドイツでは昨夏、新デザインまでゴミと規定する考え方を国家理念として打ち出した。連邦法として可決された循環経済法では、生産されたばかりの新製品まで廃棄物と規定し、新製品(廃棄物)を売り出すメーカーは、売る時に払う努力と同じ努力をして自分が作りだした廃棄物(製品)を回収し、資源として活かさなければならなくなった。いわば新デザインまでゴミと見ることで、素材を道連れにさせないようにしたのだろう。この法律は根強いドイツの世論がメーカーを押し切ったかたちで成立させ、弱電気製品や自動車から適用しそうだと聞いている。

やがてこの法律はドイツ一国では済まなくなり、欧州全域の理念となるだろう。欧州はいま環境問題を睨んだ一つの欧州をめざしている。

もしそうだとすると、当然貿易立国であるわが国にも大きな影響がありそうだし、私たちのくらしのあり方にも大きな変化をもたらしそうだ。もちろんデザインの価値やデザイナーの存在意義も問い直されるに違いない。

朝日新聞関西版 コラム『くらし考』 連載より1995年7月15日分

ライフスタイルコンサルタント 大垣女子短期大学学長
森 孝之
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