エコロジーライフ

ここに幸あり。 森家の生活。

夫婦はそれぞれ自立しながら、協働し、共生する。生活は自然とともに循環する。理想とする行き方を実現し、実践する森孝之さんと小夜子さん。
京都の嵐山といういまや観光地と化した一角にあって、周りの喧噪とは一線を画しながら自在に暮らしている2人を訪ねた。


自己実現の家と庭

京都の西、嵐山の観光地に続く嵯峨野、小倉山ののふもとにこの家と庭がある。
森孝之さんが40年の歳月をかけて仕立てた「自然林」と「畑」からなる千坪の庭。
そこに息づく緑は、風吹き渡る嵯峨野の山々に溶け込むようだった。 この庭の主の森孝之さん(60歳)がいまにわかに脚光をあびている。
森さんは次の時代を走るトップランナーとして認知されたかのようだ。 テレビや新聞の大マスコミから、ガーデニングの小雑誌なども取材に来る。
また企業経営をテーマにする雑誌も取材に訪れ、森さんの庭を見物し、 鳥の鳴き声を聞き、畑の野菜を食べ、木陰に休んでは賛辞を呈する。
森孝之さんのことをエコロジストと言う人がいる。 ライフスタイルコンサルタントという記事もある。
21世紀型企業の水先案内人という紹介記事もあれば、未来を見る人と書く記者もいる。
森さんを見る視線が森さんに接して乱反射したのか、多面体の人生を生きる人物をむりやり類型に整理しようとして混乱したのか、あるいは複雑な性格の、嵯峨野に隠れ住むほんものの予言者なのか、ともあれ心して会わなければならないと思い定めて筆者は門前に立った。
建物のはるか向こうに小倉百人一首のいわれとなる「小倉山」が見えた。 その頂きから駆け降りたかのような足取りでから敷地の奥からボロシャツに作業ズボンの森さんが現れた。
予言者でも、占い師でも、隠遁の僧でもなく、ごく普通の人の笑顔であった。
さっそく1000坪の庭、建物と林と畑とあわせて1,200坪の敷地を案内してもらった。
「はじめにここに来たのは終戦の1年前、西宮からここへ疎開したのが縁でした。」と語りながら森さんは私たち取材チームを敷地のもっとも高い地点にある水源に案内した。
森家の歴史よりも古い小さな泉が葉陰にかくれて静まっていた。
「はじめから自然循環型の環境を目的にして設計したものではないですよ。
仕事に疲れて帰ってきて、畑仕事をすると心からくつろぐ。 仕事に熱中すればするほど土や自然を求める。やがて自分がこのような暮らしを求めているということをはっきり自覚してから意識的にやり始めたのです」
森さんの人生を語る個人史と、敷地内を案内し、説明する話とが交差する。 この庭が時とともに姿を現してきたので、どうしても時間と空間を交差させながら説明することになる。
森さんの考えがはっきりするにつれてこの庭もいまのような姿になってきたのだからそれは当然である。
だが、話がややこしくなるので時間と空間を分けて書く。 まずはエコライフガーデンとご自身が名づけた「庭」の話。
いまは後背地の一部が強引に宅地開発されてしまったが、地下水流は後ろの山からのもの。
その水流に沿って敷地内の貯水槽や、池などにいつも3トン以上の水が貯えられている。
敷地が斜面であることから、建物の周辺には暗渠が走り、水路が配置され、それには風呂の排水なども合流する。
高台には樹齢40年のヒノキの林や、スギの木立、竹薮、これに加えて自生したクヌギ、モチノキ、カエデなど、一般に潅木といわれる樹木が200種類以上も茂る。
これらの林はこのあたりの植生そのものである。 「このヒノキ林は、ヒノキ、スギ、タケだけを植林しました。
あとは種が 飛んできて自然に生えた木です。モチノキは鳥が種を運んだようです」
モチノキは大木だった。樹木は愛されると成長が速く なると言う説がある。よほど愛されているらしく堂々とした枝ぶりであった。

これらの林の落ち葉は掃き集められて堆肥になる。また森家の屎尿もタンクに湛えられてこれも熟成され、肥料となる。
林の一段下には畑。ざっと見て1反ほど、300坪はあろうか。 しかし、畝などはまっすぐではなく、周囲との薮との間に境界がない。
自然の中に間借りしたような畑。 畑仕事の目的は広い。自給的生活のため、自然の恵みをわけてもらうため、
土と親しむため、虫や鳥たちの食べ物のため、とその価値は多重的でしかもあいまいであり、「私たちのほうが生かしてもらっている」という自然と人間の関係の証としての畑だという。


だからここで行われているのは自然を収奪するような意味での農業ではない。作物のなかにはボウボウに茂って野性に帰るものもある。大きくなりすぎたニンジンの葉が青々としていた。奥さんの小夜子さんによれば「虫さんのため」に放ってある。
しかし、栽培する作物の種類は途方もなく多い。アンズ、イチジク、キイチゴなどの 果樹もふくめておよそここの気候風土のなかで育つ作物ならすべて、穀物以外ならなんでも作ってしまう。超多品種、超少量生産で、採れたものはそのまま食卓へあがる。
野菜は採りたてが一番うまい。したがって畑仕事はそのまま食の豊かさに通じる。 いいかえればいまどき大変な食の贅沢だ。
「おいしいんですよ。沢筋のミツバなんか、うっとりするほどうまいんです」
いつも堪能しているようで、夫婦ともに幸せそうに微笑むのであった。
この敷地に実現しているのは、人間をふくめた物質循環である。眺めるだけの庭でもなく、人間の都合で人工的に作った林でもなかった。林からは薪ストーブがやわらかに燃え、その灰が肥料になる。食べて排出すれば、それも畑に帰る。夫の母と夫婦二人の食費はお酒代もふくめて月に4万円ほどだという。結果的にこんなに安くなった。


翌日、ゆっくりと森さんの話を聞いた。こんどは個人史の話、森さんの思想がどんなふうに発展したか、という物語である。森さんの考えは大きな輪のように構えられている。その中心にはこの時代に人が生きることの意味がすえられている。
産業革命以来の人類の所業、大量生産と大量消費が地球を追いつめていること、現代の資本主義社会で最大利益を追求すればおのずと人間の側にひずみが生まれること、このような時代と、そのやり方はすでに折り返し点を回ったこと、話はつきることがなかった。
「私自身が商社の猛烈社員でした。しかし、利益を求めてひどいことをするようになるのですよ。下請けいじめの強引な商法をするような人間が社会では高く評価される。嫌になっちゃったんで、えい、とやめました」
京都工芸繊維大学工芸学部工業デザイン科を卒業して1962年、伊藤忠商事に就職。らつ腕を見込まれてワールドへ、同社系の子会社ノーブルグー社長、1992年、ワールド取締役、を辞任。一貫して繊維ファッション畑を歩む。現在は岐阜県の大垣女子短期大学デザイン美術科主任教授。
まさに日本が高度経済成長を突っ走った時代の商社員。会社を舞台とする今でも嫌いではない。
が、条件がある。「企業の活動に精を出せば出すほど社会全体が住みよくなり、人間の心がおだやかになって、ゆったり、のびのび生きられるというのなら、会社営業をしたい。
私はただ世をはかなんでここに隠棲しているわけじゃあないのです。
しかし、いまのままではむずかしい。これまでやってきた人間活動の精神の土台を変えなければならんのです。いまのままでは企業活動をすればするほど人間と企業の地球が傷つくしくみになっている」

長いインタビューすべての言葉をここに紹介するのは困難である。が、次のことのようはいえそうだ。森さんの思想は森さんが生きてきた人生の現実で裏打ちされている。
そこからサラリーマンの価値観を転換してしまった。自分の人生のスタイルを生みだして実現してしまった。
森孝之という往年の猛烈社員は書斎の机の上で思想をこねまわしてきたのではなかった。
疎開当時は実際に森家の糊口をしのいだ畑を林に変え、猛烈社員でストレスをあびればあびるほど畑に出て土と作物に救われるという日々を過ごし、ついにはこの林と畑とともに生きる人生を選び、社会人間として生きる人生を捨てたのである。
この人生の軌跡そのものが脚光を浴びる理由であろう。そしてこの1000坪の庭はそうした生き方を歩む森さんの思想の表現物になっている。人がこの庭に吸引される理由は、これではないのだろうか。
「資本主義の先端あたりに、新しい動きが出てるんですよ。
企業活動が進展することがそのまま環境保全につながるような企業がじわじわと力をつけている。欧米にはそんな会社が出現しています。そういう会社がお客さんを獲得して大きくなればおもしろい。日本でもそういう会社が芽を出しつつある」
昨年まとめた森さんの著書『想いを売る会社』(日本経済新聞社刊)は、そのような会社についての報告であった。

そういえばこの1000坪の庭にはもう一つ株式会社「アイトワ」という企業体としての顔がある。1987年の創立。庭を無料で公開するほかに、奥さんの人形工房、工芸教室、省エネ設計の建物の半地下のテラスには喫茶店が併設された。「アイトワ」とは「愛とは?」「愛と環」「愛永遠」のこと。この会社の理念である。
林と庭は自然との共生、省エネの建物ははるかに地球環境を意識し、喫茶店では嵐山と嵯峨野を訪れる観光客との交流が生まれる。訪れる客は年間一万人ほど。資本金1000万円年間売上げ額4000万円。1000坪の庭はこうした装置によっても支えられている。

この自己実現の達人は、次の時代の先導者になるつつあるのかもしれない。「それぞれの場所でこんなふうなことをやる人が増えればいいんですけどね」
私たちを見送ったときの言葉に「未来」がこめられているように聞こえた。

株式会社双葉社刊楽園計画第4号(1999 8 28)記事より抜粋
文・橋本克彦
写真・和田久士
掲載にあたり株式会社双葉社の許可をいただきました。感謝致します。
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