信用を積み増す時
近年、先人が営々と築き上げたブランドを、後進が一瞬にして地に落とす事件が相次いだ。本来の日本は、こうした事件を起こしえない「のれん」を尊ぶ文化を誇っていただけに残念である。かつての老舗は、「のれん」の守り方を会得した人を育成し、事業を継承するのがトップの最重要の責務であった。 この日本文化を踏みにじるような事件が生じるたびに、私はアメリカでブランド企業の買収交渉に係わった時のことを思い出す。彼我の決定的な差異を知り、わが国の将来、とりわけ企業の行く末に一抹の不安を抱いたからである。 買収交渉は、先ずブランドなどの値踏みから始まった。そのブランドや販売ルートなどを手に入れたら、己にはどれぐらい有利にビジネスができるかを考え、値踏みするわけである。一から資金や時間を投入するより、いかに有利かを考えて買い値を決める。企業の買収価格は、この買い値に負債や資産を加減してはじきだしていく。 裏返していえば、アメリカでのビジネスとは、信用を積み増しながら商いを大きくする仕組み作りのような一面がある。ブランドの知名度を上げ、望ましいマニュアルや販路などを確立すれば、その仕組み(企業)自体が売買の対象になる。その一部であるブランドやマニュアルなどを賃貸借の対象にもできる。 そのために、信用を化体する(形の無いものに形を与える)ために商標の登録制度があるわけだが、アメリカには昔からサービスマーク(小売店やホテルなどサービス業の商号)にまで全国的に独占的な使用ができるように保証する登録制度があった。だから、ハンバーガーやコンビニエンスストアーなどの巨大企業まで誕生させ、そのブランドやマニュアルなどの使用権を賃貸借するビジネスを出現させたのだろう。 昨今では、レピーターという言葉がよく使われるようになった。それは、ブランドやサービスマークを目印にして良き体験の再現を願う人を指している。こうした人を引きつけるには、売り切り御免のようなセールスプロモーションでは通用しない。消費者の身になったカストマーズケアーが求められる。たとえば、使い勝手や使う楽しさに始まり、補修とか保障、果ては捨てる時のことまで配慮したデザインである。 実は、カストマーズケアーは「のれん」を守る心の基本だった。「紺屋の白袴」が示す顧客第一の思想である。その究極の姿が、リファウンド(いついかなる理由でも払戻しにも応じる)保障ではないか。 環境の世紀は、安売り商法を次第に難しくするだろう。無理を重ねかねないからだ。その無理が衛生面や安全面、いずれは環境面や人権面で表面化しようものなら信用を一気に崩してしまう。そのブランドは、消費者の心をあざむく不信用の目印と化してしまう。 少々高くても憧れてもらう努力が必要だ。しかも、虚栄心や射幸心をくすぐるのではなく、リサイクルをはじめ三Rの徹底など信頼や信任を得る誠実な努力である。つまり、モノの良し悪しにとどまらず、企業の善し悪し自体を評価してもらう努力である。 手前味噌だが拙著『「想い」を売る会社』は、「のれん」を守るわが国の文化に学んだアメリカ企業の成功事例も交えながら、環境の世紀に繁栄するエコ企業にリフレッシュすることを提唱している。そこには、消費者を怒らせてしまったコストとかダウンサイクル(問題を先送りする見せ掛けのリサイクル)という言葉も使って耳の痛い話も盛り込んでいる。にもかかわらず、このたび日本経済新聞社から三刷りを出してもらえる運びとなった。 どうやら、先人の「のれん」にかけた心意気をよみがえらせ、企業を再生する好機到来、と見る人や企業が増えたのだろう。「のれん」を守る心は、江戸時代という循環型社会の優等生であった頃のわが国が花開かせた文化である。その伝統は自動車分野で生かされつつある。アパレル分野も、エコ産業時代を繁栄の好機とすべきである。 イソップの「北風と太陽」ではないが、エコ産業化で太陽商法に切り換えるべき時ではないか。 森 孝之 |
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