消費者を顧客にかえる

 異物混入事件のあおりか、中国の旅から帰った私をある事件が待ち受けていた。電話の向こうから「八万袋 余り」と回収対象の製品数を伝え、相談に駆けつけたいと語りかけてきた。

 声の主は、精選した食材や調味料を使い、添加物を一切用いずに炊く佃煮会社の社長である。軟質のプラ  スチック袋で真空パックし、加熱処理して出荷した製品から二袋の問題製品がでた。原因は異なるが、共に黴が生えていたという。

 待つ間、溜まっていた新聞に目を通した。さまざまな企業が製品を回収する記事であふれており、商社に勤めていた頃の二つの出来事を思い出させた。

 一つは、米取引先の要人夫妻と大阪のロイヤルホテルで夕食をとっていた時に生じた。夫人が押し殺したような悲鳴を上げた。サラダに青虫がうごめいていたからだ。料理長も詫びたがとりなせず、気まずい顛末となった。

 二つめはロンドンの中華街で、取引先の要人たちと夕食をとっていた時に起こった。要人が二杯めの汁をよそいながら悲壮な声を上げた。出しがらのような青虫が浮いていたからだ。この時、中国人料理長は「これも全部食べられるよ」と言いながらスプーンですくって飲み干し、座をなごませた、興をそえた。

 駆けつけた佃煮会社の社長はやつれていた。小さな会社にとっては生死にかかわる事態だから当然だろう。一袋は、袋のピンホールが原因で、もう一方は開封された後で生じていた。保健所の所見では黴は共に毒性のない白黴だった。

 納入先は回収もやむなしと考えたようだが、私は異を唱えた。欠陥は固有の問題であり個別に対応すべきだと睨んだからだ。第一、回収して正常な製品を廃棄までして誰が報われるのか。地球を汚したり結局は消費者につけを回したりすることにならないか。

 わが身を考えたような回収では根本的な解決策にはならないだろう。消費者の信頼を得るには、先ずわが身を優先する考え方を改めるべきだ。先ず消費者のことを考え、情報を開示し、消費者が願う解決策を話し合うべきだ。

 もちろん消費者にもさまざまなタイプがある。だから企業は、消費者の中から顧客にすべき対象を厳選する手が残されている。

 ドイツやアメリカでは奇妙な印のついたマグロの缶詰を売っている。それは味や品質の良さとか価格の有利さを訴求するのではなく、間違ってもイルカを一緒に捕るようなことはしなことを保証している。この目印で顧客化を計る企業さえ現れる世の中だ。

 要は、クレ−ムは消費者とじっくり話し合える機会だと喜び、企業の想いを伝え、消費者を顧客に変えるチャンスではないか。

 結局このケースでは、家庭で炊いた佃煮のごとき製品やピンホールの原因について一部始終を語り合い、空気に触れると白黴が生えやすい製品だと納得してもらった。製品を交換し、消費者を顧客に変えることができたようだ。

                                                                                                                                                                                         
ライフスタイルコンサルタント 大垣女子短期大学学長
森 孝之
                                                          
                                                    

森 孝之 著書紹介へ